涼宮ハルヒの喪失〜10years after〜    1章  〜もうひとりの「ハルヒ」〜

 

53 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/23(土) 00:28:57.13 ID:60Wl2Hdc0
1章  〜もうひとりの「ハルヒ」〜
学年主任「新入生も入って3カ月が経ち、最近服装の乱れが目立つ様になってきました。」
朝礼後に1年生担当の先生が集められ、学年主任の長話が始まった。
服装の乱れね…。まぁもう6月だしな。今年はまだ梅雨らしい長雨も降ってないし。
朝の天気予報では今日の最高温度は24℃ 湿度60% 服装も乱れるというもんだ。
学年主任「服装の乱れを放っておくと、それはそのまま風紀の乱れに繋がります。」
主任のよくわからない持論を聞き流しながら、俺は6月末の期末テストの問題作りに
ついて考えていた。難しくても簡単すぎてもいけない。テスト作りも意外と難しい。

 

54 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/23(土) 00:29:55.77 ID:60Wl2Hdc0

まぁ2~3個くらい授業をしっかり聞いている奴にしかわからない問題をいれて、
あとは教科書とノートを見直せば解ける問題を。授業を聞いているやつ…。
俺の頭の中には仏頂面の女生徒の顔が思い浮かんだ。
学年主任「あと家庭調査票が今週末まででしたね。遅れないようよろしくお願いします。」
家庭調査票。うちのクラス全員出してんのか?HRで確認しとこう。
学年主任「それではそういうことで。今日も1日頑張りましょう。」
話も終わりだな。今日も1日何事もなく笑って終われるよう頑張ろう。

 

55 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/23(土) 00:30:42.52 ID:60Wl2Hdc0

キョン「おーい。席着け〜。HR始めるぞ〜。」
毎度の如く騒がしい我が1−4組。ゆっくりではあるがみんな席に着く。
席はあの席を除いて全部埋まっている。遅刻まであと5分。今日は間に合うか?
キョン「家庭調査票金曜までだぞ。出してない奴いるか?」
誰も挙げないかな…と思っていたらそろ〜っと手を挙げる奴が一人。
???「は〜い…。ごめんねキョン!」
長い髪を後ろで束ね、暑いのか夏服のボタンを第2まで開けている。
ちらちら見える女性用下着が非常にけしからん。

 

57 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/23(土) 00:32:10.60 ID:60Wl2Hdc0

キョン「吉川…出してないのお前だけみたいだぞ。あとボタン閉めろ。」
低身長にくりっとした目。女子高生らしい化粧とかはしてないけど
小動物的な可愛らしさがある。健康美という言葉が似つかわしい。
服の着方やタメ語はどうやら天然で周りを意識してというわけではないらしい。
1−4組 出席番号37番 吉川夏帆 
問題児というわけではないけど注意が必要な生徒の一人だ。

 

58 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/23(土) 00:33:02.25 ID:60Wl2Hdc0

吉川「うそだ〜…。」
キョン「周り見てみ。」
吉川「………本当だ。いや忘れてたわけじゃないよ!!金曜までね!!
え〜っと何だったけ?調査票でしょ!?絶対出すからさ!!」
キョン「まだ言い訳しなくていいから。ちゃんと金曜にだせよ。あとボタン閉めろ。」
吉川「…いやん♪キョンのセクハラ教師♪」
教室に笑いが起こる。ったく。困ったやつではあるがなぜか憎めない。そんな不思議な
魅力が吉川にはある。その時ガララララッ!!とものすごい勢いで教室の後ろの
ドアが開かれる。教室がにわかに静かになる。
そこにはいつものように息を切らした霧島がいた。
霧島「はぁ…はぁ…」
キョン「今日もお疲れさま。霧島、大丈夫か?」
霧島「だい…じょぶよ…」
霧島は俺が朝のHRに出るようになってから1度も遅刻をしていない。
毎朝こうして時間ギリギリに教室の後ろのドアから入ってくる。

 

60 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/23(土) 00:34:02.46 ID:60Wl2Hdc0

そういえば霧島は調査票を出してんのか?念のために確認しておくか。
キョン「おい。霧島。」
霧島「なによ…。セクハラ教師。」
キョン「お前、聞こえてたのか。それはいいとして、お前調査票出したか?」
霧島「……まだだけど。」
霧島の顔が少し険しくなる。その表情は疲れのせいだけでは無いように思えた。
キョン「そっか。金曜までだからな。忘れるなよ。」
霧島「分かってるわよ…。」
俺はそれ以上何も言わなかった。疲れてるところに注意しても無駄だろうしな。

 

61 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/23(土) 00:35:22.97 ID:60Wl2Hdc0

>>59「ごめんなさい」の一言です…。痛いのは自覚済みなんで。

吉川「えぇえええ!ちょっとぉ!ハルヒにも注意しなよ!なにこの格差!!私にはあんなに激しく攻めてきたじゃない!!!」
キョン「吉川…。年頃の女の子ならもう少し恥じらいというものをだな。」
霧島「変態。」
キョン「はぁぁぁ…もういいや。HR終わり。水曜の1限は古典だったな。ちゃんと準備しとけよ。」
なんか朝からどっと疲れたな。たまにあの若さについていけない時がある。
なんだかんだで俺も三十路一歩手前だからな。
そんなことを考えながらも俺には霧島のあの表情が少し心残りだった。

 

63 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/23(土) 00:36:24.59 ID:60Wl2Hdc0

キーンコーンカーンコーン。
間延びしたチャイムの音が聞こえる。時計を見ると12時15分。起きたら4時間目が
終わっていた。いつ休み時間だったかも覚えてない。頭に靄がかかってるみたい。
吉川「ハルヒ!飯食うぞ〜〜〜!!起きろ〜〜〜!!」
靄を吹き飛ばしたのは夏帆の無駄にうるさい声だった。耳がキーンとする。
霧島「…夏帆」
吉川「何?どうした?まだ眠い?」
霧島「いや…眼は覚めたけど。耳元で叫ばないでよ…。っていうかこれ言うの何回目?」
吉川「さぁ?起きたんなら早く購買行こうよ!!でないと愛しのカツサンドがぁ〜!」
霧島「私コンビニで買ってきてんだけど…?」
吉川「じゃあ一緒に並ぼ♪」
霧島「…なんで?」
吉川「寂しいじゃんよ〜!!だからね早く行こ?売り切れちゃうからさ!!」
霧島「貸し一つだから。」
吉川「とか言っちゃってさ!!このツンデレキャラがよ!!」
霧島「うっさい!!急ぐんでしょ!!」

 

64 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/23(土) 00:37:18.72 ID:60Wl2Hdc0

ほんとにうるさい。なんだかんだでまた夏帆に振り回されてる。でも嫌じゃない。
夏帆にはそんなところがある。あの笑顔を見てると我儘も許されるし、許してしまう。
始めて話した時もそうだった。学校入ってすぐの放課後。
私は教室に残って本を読んでいた。6時間目から読み始めて止まらなくなった。
ドアが開く音は聞こえたけど私は本から目を離さなかった。
だから誰が入ってきたかなんて分からなかった。
「…ねぇねぇ。霧島さん?で名前あってるよね。」
驚いて身構えてしまった。本が落ちてめくれる。いきなりなんなの?

 

65 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/23(土) 00:38:08.12 ID:60Wl2Hdc0

吉川「ごめん!!驚いた?そんなつもりじゃ無かったんだよ?」
霧島「いや…いいけど。何か用?」
吉川「用事っていうかお願いなんだけどさ。いいかな?」
言っておくけどこのとき私たちは初めて会話をした。
そりゃ同じクラスだから顔くらいは知ってたけど。
二人ともまだ名前すらろくに覚えていなかったのに。
霧島「…内容によるけど。」
断ろうと思ってた。私が?何で?初対面なのに。本も読みたいし。
でもどうしてだろう?夏帆の笑顔を見ると無下に断れなかった。

 

66 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/23(土) 00:38:55.82 ID:60Wl2Hdc0

吉川「マジ!?やったぁあ!!キョンからプリントの整理頼まれててさぁ〜」
霧島「ちょっと!?内容によるって言ったでしょ!っていうかその整理ってあんたが現国のときに寝てたからでしょ!?」
吉川「いいじゃんいいじゃん!帰りに何かおごるからさ!一人より二人がいいってとある三人組も言ってるじゃん♪」
霧島「誰よその三人組って!?腕引っ張らないでよ!手伝うからさ!」
吉川「ありがとうね♪霧島さん♪」
霧島「…ハルヒでいいから。」
吉川「じゃ私も夏帆でいいよ。ありがとねハルヒ!」
霧島「貸し一つだからね。…夏帆。」

 

68 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/23(土) 00:39:48.29 ID:60Wl2Hdc0

この日から夏帆は私に話しかけてくれた。今ではお昼も二人で食べてる。
もう3か月になるのにまだクラスに馴染めてない私と。
どうして私に構うんだろう。夏帆は明るくて社交的で男子にも女子にも人気がある。
私から話しかけたことなんて、この3か月本当に両手で数えられる位しか無い。
でも夏帆は話しかけてくれる。どんな素っ気ない態度をしても。
好きなのに。感謝してるのに。どうしても言葉にできない。態度で表わせない。

 

69 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/23(土) 00:40:36.36 ID:60Wl2Hdc0

吉川「風が気持ちいい〜…。無駄に山の上の学校じゃないね!!」
誰もいない屋上。太陽が照るけれど暑くない。夏帆の言うとおりね。
もしこれで風も吹かなかったら最悪の立地条件よ。なんのために山の上にあるの。
吉川「ハルヒ。何してんの?早く食べよ!」
夏帆は購買でカツサンドとメロンパン、それにチョココロネ、クロワッサンを買った。
間食用じゃない。夏帆はこれを全部昼やすみに食べ終わる。
あの細見のどこにこれだけのパンが入るんだろう。
霧島「いつも思うけどよく太らないわね…」
吉川「太ってるよ〜♪こ・こ・が」
夏帆が胸を寄せる。確かに夏帆の胸は大きくなってる。

 

70 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/23(土) 00:41:26.16 ID:60Wl2Hdc0

細いくせに。体重も私とあんまり変わんないのに。そのくせカップは……。
これ以上は辞めよう。私の名誉のためにも。夏帆との友情のためにも。
吉川「逆にハルヒ食べな過ぎ!いつもコンビニおにぎり2個じゃん。」
霧島「…いいのよ。お金もったいないし。」
お弁当作るのがいいんだろうけど。そうしたら確実に遅刻する。
コンビニ弁当は高いしおいしくない。あんなのが500円もするなんてぼったくりね。
吉川「そんなんじゃ育つところも育たないよ〜…ごめんハルヒ。私が100%悪かったから!もう胸のこと言わないから!!許して〜!!無言怖いからなんか喋って!!」
…夏帆。お前は私を怒らせた。夏帆が逃げ出す。
屋上なんて狭いスペースで!!逃がすわけない!!すぐに追いついて夏帆の腰を掴む。

 

71 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/23(土) 00:42:17.52 ID:60Wl2Hdc0

霧島「…夏帆?なんで逃げるの?」
吉川「ハルヒ顔近い!表情怖い!冗談だから!それにさ貧乳はステータスらしいよ!よくわかんないけど!」
霧島「ひっ、貧乳ってほどじゃない!!それなりにあるわよ!」
吉川「そだね〜…。今背中でハルヒの柔らかいブツを感じてるよ。BかCってとこ?」
霧島「(///)馬鹿!な、なに言ってんの!?」
顔が熱い。回りを見回す。もしこんな話誰かに聞かれてたら。誰かじゃない。
絶対に聞いてて欲しくない人がいる。
吉川「あ、あれってキョンかな?」
霧島「うそ!?え?どこ?」
どうしてタイミングよく居るのよ!あの馬鹿!っていうかどこ?

 

72 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/23(土) 00:43:17.42 ID:60Wl2Hdc0

吉川「ほら中庭のところ。弁当食ってる。」
中庭を見下ろすと木陰のベンチでキョンが弁当を食べていた。
とりあえず話は聞かれて無いみたい。少し安心したけど、私の中に新しい不安が生まれる。
キョンが食べてるお弁当は明らかに手作りだ。少しだけ胸が痛い。
霧島「キョンのお弁当ってさ誰かに作ってもらってるのかな?」
吉川「う〜ん…多分自作だと思うよ。キョンも色々大変だからね〜…。」
夏帆が含みのある言い方をする。夏帆がこういう話し方をするときはなにかある。
他人が聞いてはいけないことかもしれない。
でも聞きたい。知りたい欲求に私は勝てなかった。
霧島「それどういう意味?キョンなにかあるの?」
吉川「そっか。ハルヒ地元組じゃなかったね〜…。この辺じゃ結構有名な話なんだけどさ。」
夏帆が話し出す。キョンが結婚していたこと。子供がいること。
難産で奥さんが死んでしまったこと。今は男手一つで娘さんを育てていること。

 

73 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/23(土) 00:44:16.64 ID:60Wl2Hdc0

キョン「ここで権兵衛は自分の間違いに気付くけど、時すでに遅かった訳だ。」
6時間目の現国。言葉が頭に入ってこない。
興味本位で聞いていい話じゃなかったな。なんでこんなに気持ちが落ち込むんだろう。
キョン「彼にはそれを後悔する時間すら無かった。悲しいことにな。」
どうしてこんなに胸が熱いんだろう。自分は、喜んでいるんだ。
どんなに否定しようとしてもこの熱は消えない。
キョンが独身であること。それだけで心が焦がれる、
天使が叫ぶ。彼の不幸が、悲しみが、分からないのかと。
でも悪魔はそれを理解していながらも囁く。私にもチャンスがあるのだと。

 

74 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/23(土) 00:45:46.90 ID:60Wl2Hdc0

キョン「ではこのときの蝶姫の感情はどういうものか。どう思う?霧島。」
自分のことしか考えられない、こんな私にチャンスなんてあるはずないのに。
キョン「霧島?お〜い霧島。いるよな?聞こえてないか?霧島〜?」
やっぱり知らなければよかった。知らなければただ憧れているだけの私でいられた。
こんな自分も知らなくて済んだ。
コツっ。頭に何かがぶつかる。誰かの影が落ちる。
キョン「霧島。起きてるか?お前が寝るなんて珍しいな。」
霧島「キョン…」
教科書で頭を叩かれたんだ。みんなが笑ってる。状況に思考がついて行かない。
キョン「どうしたんだ?変な顔して。なんか付いてるか?」

 

75 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/23(土) 00:46:53.05 ID:60Wl2Hdc0

キョンが笑う。楽しそうに。昔のことなんて微塵も感じさせない。
キョンが笑っているのを見るだけで心が満たされるのを感じてた。
でも今の自分は違う。知ってしまったから。この表情の裏にあるものを。
何を思っているんだろう?その笑顔の裏で。どうやって乗り越えたんだろう?
「他人」でありながら家族になりたいと願った。
それほどの想いを捧げた「他人」が世界から消える。
キョン「大丈夫か霧島?もしかして具合悪い?保健室行くか?」
霧島「いい」
キョン「…駄目だと思ったら遠慮せず言えよ。授業なんて無理してまで受けるもんじゃないからな。」
それでもキョンはこうして生徒の心配をしている。
男生徒「キョン…俺もやばいわ。やべぇ幻覚見えてきた。保健室行っていいすか?」
キョン「いや。お前にはまず、いい病院を紹介してやろう。授業の後にな。」

 

76 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/23(土) 00:47:48.81 ID:60Wl2Hdc0

キョン「なぁ…陸奥。」
陸奥「なんです先生?」
放課後、俺は文芸部の部室にいた。時刻は5時10分。
陸奥は読んでいた本を机に置き俺のほうに向きなおる。
キョン「いつも授業を真面目に聞いてくれてる生徒がさ、いるんだよ。」
陸奥「はい。」
キョン「その生徒が今日の授業全然聞いてくれてなかったんだよ。」
もちろんその生徒とは霧島のことだ。
陸奥「…寝ていたわけではないんですか?」
キョン「いや、寝てはなかったよ。なんか考え事してたみたいなんだ。」

 

94 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/23(土) 02:09:41.78 ID:60Wl2Hdc0

寝ていてくれたほうが俺としても救われる。それなら聞こえていない理由も明解だ。
でも霧島は起きていたにも関わらず、俺の声が聞こえてなかった。
俺の希望的観測に過ぎないのだが、聞いていないというよりも聞こえていない
という感じだった。
声が届かないほど考え込むなんて俺の奇妙な高校生活のなかでもそうそう無かった経験だ。
陸奥「色々あるんです。特に女の子には。」
キョン「…そういうもんなのかな。ってちょっと待て陸奥。」
陸奥「はい?」
キョン「俺いつその生徒が女子って言った?」
陸奥「先生の顔見てれば分かりますよ。」
キョン「…俺どんな顔してた?」

 

95 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/23(土) 02:12:36.85 ID:60Wl2Hdc0

さるさんに捕まってました。眠気が限界に来るまでやるよ。

ニヤニヤでもしてたのか?そうだったらマズい。どうマズいか言えないけど非常にマズい。
陸奥「とても真剣な顔になってました。」
キョン「じゃあ男子のこと話すときは?」
教師は全ての生徒に分け隔てなく平等であるべきだ。
教師である以上自分もそうあろうと努力してきたつもりなんだけど。
陸奥「男子のときは友達のこと話すみたいに話すんです。」
キョン「う〜む…。」
確かに男連中の話をするときは、あんまり気を遣わずに話していたかもしれない。
というか女生徒のことを考えるとどうしても、真剣になってしまう。
異性の思考というものは、どんなに年をとって、経験を積んでも一向に分からないからだ。
陸奥「深く考えないでください。それに…先生は今のままがいいです。」
そう言ってくれる生徒がいる。それだけでも俺は十二分に幸せなんだろうな。

 

96 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/23(土) 02:13:41.97 ID:60Wl2Hdc0

キョン「ありがとな。陸奥。少し荷が軽くなった気がする。」
陸奥「いえ…えっと…私は思ったことを言っただけですから。」
陸奥の顔が赤くなる。なんとも分かりやすいリアクションだ。
キョン「陸奥。お茶のお代わりもらえるか?」
陸奥「あっ…はい。温めなおしますから少し時間かかりますよ。」
キョン「今日の紅茶は何なんだ?アールグレイか?」
陸奥からのお茶講義のおかげで俺も中々にお茶に詳しくなった。
味で銘柄の検討がつく位にな。
俺がそう言った時、陸奥の少しギコチなかった動きが急に機敏になる。
物凄い勢いで俺のほうを振り向く。眼鏡の奥の目は真剣そのものだった。

 

97 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/23(土) 02:14:59.21 ID:60Wl2Hdc0

陸奥「先生…。」
キョン「はいっ!!」
間違えた!?やはりまだまだ甘かった。所詮付け焼刃の知識だからな。
陸奥「惜しいです!!今日のはレディグレイといって、アールグレイをベースにしたものなんです。」
キョン「そうか…。そうだよな!味が似てると思ったんだ!」
俺の舌もこの何か月間で相当に鍛えられているはずだ!少し自信に繋がる。
陸奥「私…少し感動してます。先生がお茶に詳しくなってくれて。こんな嬉しいことありません!」
今度は少し涙ぐんでいる。本当に情緒豊かな奴だ。こっちも見ていて楽しくなる。
キョン「ははははっwwwそんなにwwwww泣かなくてもwwwww」
陸奥「嬉しい涙だからいいんです!!!!!」
5人いたころに比べれば少し寂しく見えるかもしれないが、部室で過ごすこの時間は今も高
校の頃も変わらない。俺にとってかけがえのない大事な時間であることに。

 

98 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/23(土) 02:17:03.56 ID:60Wl2Hdc0

陸奥と二人で文芸部の部室を出る。今日は佐々木が千春のお迎えに行っている。
だから俺は時間まで部活にでることにしていた。
いつもとは違うことをしたせいだろうか。
それがどうかはともかく俺はこれから起こる一連の騒動に全く冷静な対応ができなかった。
その騒動のきっかけとなる出来事が今まさに起ころうとしていた。
キョン「霧島…?どうしたんだ?もう6時だぞ?」
霧島「キョン…」
霧島が職員室の前に立っていた。まるで「誰か」のことを待っているかのように。
その「誰か」が分からないほど、俺の勘は鈍って無いはずだ。

 

99 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/23(土) 02:18:49.64 ID:60Wl2Hdc0

キョン「陸奥。悪いけど部室の鍵返しててくれないか?用事が出来たみたいだ。」
陸奥「…分かりました。それではお先に失礼します。」
陸奥には珍しく少し棘のある口調だった。悪いな。でも今こいつを放っておけない。
キョン「どうした?」
霧島「……」
下を向いたまま何も言わない。やっぱりいつもと様子が違う。
黙るにしても、前みたいに睨むような視線がない。
それになにより元気がない。こいつのこんな姿は見たくない。鼓動が早まるのを感じる。
それは久し振りの感覚だった。こんな感情を生徒に対して抱くなんて。
いくら姿形が「ハルヒ」に似ているからとはいえ。
キョン「とにかく学校から出よう。正面玄関で待ってろ。準備してくるから。」
霧島「…うん。」
後姿を見送る。その背中まで「ハルヒ」にそっくりだった。
まるで自分が高校生に戻ったのではないかと錯覚してしまう程に。

 

100 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/23(土) 02:20:06.71 ID:60Wl2Hdc0

キョン「陸奥。悪いけど部室の鍵返しててくれないか?用事が出来たみたいだ。」
陸奥「…分かりました。それではお先に失礼します。」
陸奥には珍しく少し棘のある口調だった。悪いな。でも今こいつを放っておけない。
キョン「どうした?」
霧島「……」
下を向いたまま何も言わない。やっぱりいつもと様子が違う。
黙るにしても、前みたいに睨むような視線がない。
それになにより元気がない。こいつのこんな姿は見たくない。鼓動が早まるのを感じる。
それは久し振りの感覚だった。こんな感情を生徒に対して抱くなんて。
いくら姿形が「ハルヒ」に似ているからとはいえ。
キョン「とにかく学校から出よう。正面玄関で待ってろ。準備してくるから。」
霧島「…うん。」
後姿を見送る。その背中まで「ハルヒ」にそっくりだった。
まるで自分が高校生に戻ったのではないかと錯覚してしまう程に。

 

101 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/23(土) 02:21:41.91 ID:60Wl2Hdc0

6月ともなると、もう日の入りの時間も遅い。向かいの山に夕日が沈んでいく。
坂には二つの影が伸びている。時間が少し早かったせいか周りには誰もいない。
「ハルヒ」はまだ下を向いたままだ。
キョン「いい景色だよな。昔と全然変わらないよ。」
霧島「そう…なんだ。」
キョン「あぁ。本当に何も変わってない。」
脳裏に浮かぶ夕焼けに照らされた町。俺の横には笑顔の「ハルヒ」がいた。
いろんな時もあったけどそれでも思い出されるのは笑顔の「ハルヒ」だ。
俺の思い出の中の「ハルヒ」と今横にいる「ハルヒ」。
違いといえば表情と髪型くらいのものだ。

 

102 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/23(土) 02:22:41.71 ID:60Wl2Hdc0

6月ともなると、もう日の入りの時間も遅い。向かいの山に夕日が沈んでいく。
坂には二つの影が伸びている。時間が少し早かったせいか周りには誰もいない。
「ハルヒ」はまだ下を向いたままだ。
キョン「いい景色だよな。昔と全然変わらないよ。」
霧島「そう…なんだ。」
キョン「あぁ。本当に何も変わってない。」
脳裏に浮かぶ夕焼けに照らされた町。俺の横には笑顔の「ハルヒ」がいた。
いろんな時もあったけどそれでも思い出されるのは笑顔の「ハルヒ」だ。
俺の思い出の中の「ハルヒ」と今横にいる「ハルヒ」。
違いといえば表情と髪型くらいのものだ。

 

103 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/23(土) 02:23:43.75 ID:60Wl2Hdc0

キョン「…何かあったのか?」
感傷に浸るのはここまでにしよう。もう俺は変わったんだ。高校生のころの自分と。
今の俺は「キョン」ではない。担任の先生なんだ。
霧島「…何でもない。」
キョン「嘘だよな?」
霧島「……」
キョン「俺には言えないようなことか…?」
霧島はおそらく俺を待っていたはずだ。自分でも意地が悪い質問だとは思う。
霧島「違うわ…そういうんじゃない。」
キョン「じゃあどうしたんだ?遠慮せず言っちまえ。すっきりするぞ。」
少しやり方は卑怯だが、このままどうしたのかを聞き出せないよりはましだ。

 

143 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/23(土) 12:55:57.21 ID:60Wl2Hdc0

もう落ちてるだろな…と思ってたらまさかのご存命。さる食らったんでペース落としながら続きやります。

霧島「夏帆…から聞いたんだ。キョンの家のこと。夏帆が自分から話したんじゃなくて、私が聞きだしたの…。」
そういうことか。俺の家庭環境については、北高に就職するときにPTAの会議にかけられたおかげで、校区では結構有名な話だ。だから就職し始めの頃は今の霧島みたいに俺の家庭の事を気にする生徒も多くいた。それに霧島は地元出身じゃないからな。
知らなかったのは無理ない話だ。
キョン「そっか…」
霧島「怒らないの?」
霧島がおそるおそる俺を見上げてくる。
キョン「いずれ誰かから聞いてたよ。ここらじゃ俺は有名人だからな。それで?」
霧島「…その話聞いたらさ、何か色々考えちゃって…」
キョン「色々って?」
霧島「なんていうか…その…とにかく…色々なの。」
キョン「それで、今日の現国の時間みたいになってた訳だ。」
霧島「……(コク)」
人生で1番多感な時期である高校生だ。
俺の家庭状況を聞いて気にしないという方が難しいんだろう。

 

167 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/23(土) 17:34:36.27 ID:60Wl2Hdc0

キョン「…霧島。今から時間あるか?」
霧島「…え?」
キョン「時間だよ時間。少し遅くなっても親御さんとか大丈夫かってこと。」
霧島「多分…大丈夫よ。…なんで?」
手段は単純な方がいい。気になるのなら教えてやるのが1番てっとり早い。
今俺と千春がどうやって暮らしてるのかを。
何もやましいことはないんだ。今の暮らしを堂々と見せてやればいい。
俺は携帯を鞄から出す。着信履歴の1番上にある番号に電話する。
キョン「少し電話するから、その間にお前も親御さんに連絡いれといてくれ。もし必要なら俺代わるから。」
霧島「…どういうこと?」
キョン「よぉ。もう家着いたか?…タイミングバッチリだったな。いやこっちの話。いきなりで悪いけど今日の晩飯4人分頼めるか?
    …俺の担当の生徒だよ…男か女か?別にどっちでもいいだろう?…。いや女子だから、飯の量はそんな気にしなくていいと思う
    悪いな。じゃあ7時前には帰れると思うから…おぉじゃあな。」
佐々木には本当申し訳ない。電話の向こうでは俺をからかうように笑ってたから
頼まれた本人はあんまり気にしてないんだろうけど。

 

169 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/23(土) 17:54:54.95 ID:60Wl2Hdc0

キョン「霧島。親御さんに連絡したか?」
霧島「い、今メールしたわ!今日遅くなるねって…。」
キョン「じゃあ晩御飯、御馳走してやる。まぁ俺の家でだけど。」
霧島「…なんで?」
キョン「なんでってお前。男一人子一人でどう暮らしてるか気になるんだろう?だから見せてやろうと思って。」
霧島「でもいいの?」
キョン「なぁに遠慮してんだよwwwいつものふてぶしい態度はどこいったんだ?」
霧島「な、なによ!…分かったわ。行くわよ!行って確かめさせてもらおうじゃない!!」
キョン「そうそう。最初から素直にそう言えばいいんだよ。余計なこと考えずにさ。」
霧島に少し活気が戻ったような気がする。元気じゃない「ハルヒ」なんて俺は見たくない。

 

170 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/23(土) 17:56:04.31 ID:60Wl2Hdc0

キョン「ただいま〜。」
ここがキョンの家なんだ…。そう思いながら私が玄関に入ろうとしたその時、
千春「お父さん!おっ帰り〜〜〜〜〜!!!!!」
もの凄いスピードで玄関までの廊下を走ってくる女の子が私の視界に飛び込んできた。
キョン「千春!ただいま!」
この子が千春ちゃん。家までの道中、キョンが私に聞かせてくれた娘さんの話。
そのほとんどが娘自慢だったんだけど。
千春「…お姉ちゃんだぁれ?」
千春ちゃんが私のほうを覗きこみながら聞いてくる。
キョン「お父さんの学校の生徒でな。霧島ハルヒっていうんだ。」
霧島「こんばんは。千春ちゃん。」
千春「こんばんわ!…ねぇお姉ちゃん、お名前ハルヒっていうの?」
霧島「うん。霧島ハルヒって言うの。よろしくね。」
しゃがんで千春ちゃんと目線を合わせる。名前がどうかしたかな?
別に珍しい名前でもないと思うんだけど。千春ちゃんがじっと私の顔を見てる。

 

172 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/23(土) 18:01:48.92 ID:60Wl2Hdc0

キョン「ただいま〜。」
ここがキョンの家なんだ…。そう思いながら私が玄関に入ろうとしたその時、
千春「お父さん!おっ帰り〜〜〜〜〜!!!!!」
もの凄いスピードで玄関までの廊下を走ってくる女の子が私の視界に飛び込んできた。
キョン「千春!ただいま!」
この子が千春ちゃん。家までの道中、キョンが私に聞かせてくれた娘さんの話。
そのほとんどが娘自慢だったんだけど。
千春「…お姉ちゃんだぁれ?」
千春ちゃんが私のほうを覗きこみながら聞いてくる。
キョン「お父さんの学校の生徒でな。霧島ハルヒっていうんだ。」
霧島「こんばんは。千春ちゃん。」
千春「こんばんわ!…ねぇお姉ちゃん、お名前ハルヒっていうの?」
霧島「うん。霧島ハルヒって言うの。よろしくね。」
しゃがんで千春ちゃんと目線を合わせる。名前がどうかしたかな?
別に珍しい名前でもないと思うんだけど。千春ちゃんがじっと私の顔を見てる。

 

174 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/23(土) 18:05:14.92 ID:60Wl2Hdc0

千春「千春のね、お母さんもハルヒっていうの!おんなじだね!」
霧島「!…そうだね、おんなじだね。」
千春「うん!おんなじおんなじ!!」
こんな偶然あるんだろうかと驚いていたその時、
佐々木「お帰り、キョン。それと…いらっしゃいませ、でいいのかな?」
霧島「…こんばんは。」
奥のドアからエプロンを付けた女の人が出てくる。優しそうで、すごく綺麗な人。
ここで出会わなければ私はこの人に間違いなく好印象を抱くと思う。
それくらい整った容姿をしていた。
この人のことも、キョンから聞いてる。中学時代からの友達で、奥さんが亡くなってか
ら家事や育児を手伝ってもらっている事。

 

176 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/23(土) 18:09:09.11 ID:60Wl2Hdc0

「勘違いされるのは仕方ないとは思うが、そういう関係ではない」ということも聞いた。
わかっているのに、どうして普通に挨拶できないんだろう。
この人はキョンの友達なの。キョンの口から聞いたじゃない。
キョン「とりあえず中に入れよ。」
霧島「あ…うん。おじゃまします。」
考えても仕方ないわね。こんな風にうじうじ疑っても無駄なんだから。
私はキョンを信じる。それだけしか理由はない。それだけで十分じゃない。

 

177 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/23(土) 18:13:38.51 ID:60Wl2Hdc0

キョン「…なぁ佐々木」
今俺は佐々木と二人で晩御飯の準備をしている。霧島には千春の相手をしてもらっている。
佐々木「なに?…気になることでもあるかい?」
じゃがいもの皮をむきながら佐々木が答える。どうやら晩御飯はカレーらしい。
佐々木「涼宮さんそっくりだね、あの子。それに名前まで一緒だなんて。…偶然という言葉では済まない何かを感じるよ。」
考えていることは同じらしい。それに佐々木は高校時代の「ハルヒ」を知っている。
「ハルヒ」の容姿だけではなく、あの力の存在も。
キョン「偶然だよ。可能性は限りなく低いかもしれんが、偶然だ。」
俺はあの力の介在を暗に否定する。あの力は消えたんだ。
持主である「ハルヒ」はもうこの世にはいない。佐々木からも、消えたはずだ。

 

178 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/23(土) 18:16:14.46 ID:60Wl2Hdc0

佐々木「…そう考えるのが賢明なのかな?非科学的だと分かってはいるが、彼女を見ていると黄泉返りというものを信じたくなってしまうね。」
キョン「死んだらそれで終わりだ。焼かれて、灰になって、いずれ土に帰る。残される奴の気持ちも、覚悟も考えずに訪れる。それが死なんだよ。」
死後の世界であいつにまた会えるのなら、なぜ俺は生きている。
あいつがこの世界に生まれ変わるのなら、なぜ俺はそれを探しに行かない。
天国の存在も、輪廻転生の考えも、死の別れに耐えられない弱い人間が作り出した
都合のいい言い訳だ。そうしなければ生きていけないから。自分が死ぬ勇気も無いから。
もし千春がいなかったら、俺も都合のいい何かにすがり過去という足枷をつけたままだったんだろう。だが俺に、何かにすがる余裕なんて無かった。
この世界で俺しか頼ることのできない存在がいたから。この子には俺しかいないんだ。

 

180 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/23(土) 18:21:00.66 ID:60Wl2Hdc0

佐々木「…ごめん。無神経だったね。」
キョン「いや、俺もこんなこと言うつもりじゃなかったんだ…。悪い。」
こんな弱い俺を佐々木には見せちゃ駄目だ。こいつは優しいから。
きっと俺達のために何かをしてくれるだろう。これ以上迷惑をかけてはいけない。
「迷惑だと思っていない」と佐々木は笑うだろう。
だからだ、その優しさに俺は甘えてばかりじゃ駄目なんだ。
「「……」」沈黙が流れる。でも決して居心地は悪くない。
親友というのは話しがあうかでなく、沈黙に耐えられるかだと俺は思う。
俺と佐々木は「耐える」なんて言葉は使わない。我慢する必要がないから。

 

181 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/23(土) 18:21:58.83 ID:60Wl2Hdc0

佐々木「キョン。お肉炒めてくれるかい?」
キョン「あぁ。…佐々木」
佐々木「なんだい?」
キョン「いつもありがとな。」
何度目か分からないけど俺は「ありがとう」を言う。
佐々木はきっと笑顔でこういうだろう。
佐々木「御礼を言われる理由がないよ。自分が好きでしてるんだから。」
―ほらな。こいつはこんなやつだから。

 

200 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/23(土) 22:32:03.59 ID:60Wl2Hdc0

田村帰った。姉ちゃんはよく広末とか国仲涼子に似てると言われる。

千春「ナーバス ナーバス 二人はナーバス♪」
霧島「なんなのこのアニメ…」
私は居間で千春ちゃんとアニメを見ている。
千春ちゃんは私の膝の上に座ってアニメの主題歌を歌っている。
千春「『二人はナーバス』だよ!マリッジブルーとマタニティブルーがね、悪い人と戦うの。
   ハルちゃん知らないの〜?」
千春ちゃんは私のことを「ハルちゃん」と呼ぶことにした。
「千春のハルとハルヒのハルだから」というめちゃくちゃ可愛らしい理由で。
霧島「お姉ちゃんあんまりアニメ見ないの。でもこれ面白い?千春ちゃん。」
さっきからマリッジブルー?が結婚するかどうか悩んでるシーンばっかりなんだけど。
千春「うん!!マリッジブルーの旦那さんはね〜優しいけどカイショウが無いんだって。」
霧島「そ、そうなんだ。」
まだ千春ちゃんが見るには早すぎる内容だと思うけど。

 

202 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/23(土) 22:37:34.17 ID:60Wl2Hdc0

千春「ねぇねぇハルちゃん。カイショウってなに?」
霧島「え!?えっとね…男の人がどれだけ稼いでくるか…」
いやいや!!意味としては間違ってないと思うけど!!
こんなこと千春ちゃんに教えるには教育上まずい!!
霧島「じゃなくって!!頼りになるお父さんのことをね、甲斐性があるっていうの。」
千春「じゃあ千春のお父さんはカイショウがあるんだ!よかった〜!!」
霧島「ははwwwお父さん頼りになる?」
千春ちゃんがあんまり嬉しそうに言うからついつい笑ってしまう。
千春「うん!!とっても優しくてね、千春が泣いてたらね、どこにいても助けに行くよって約束してくれたの!!」
霧島「そうなの…お父さん優しいね。」
キョンも家ではお父さんしてるんだ。学校でのキョンからはあまり想像つかないんだけど
千春ちゃんの話を聞いたり、笑顔を見ていると本当に父親なんだと実感する。
でも不思議と嫌じゃない。もっと嫌な気分になると思ってた。

 

203 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/23(土) 22:43:14.62 ID:60Wl2Hdc0

千春ちゃんに実際に会うとそんな風に考えていたこと自体忘れてしまう。
千春「うん。でもお父さん優しいからね、千春泣かないようにしてるの。
お父さんいつも大変そうだから、あんまり迷惑かけたくないの。」
それはきっと千春ちゃんがこんなにもいい子だから。
霧島「そうだね。お父さん優しいもんね。」
千春「うん。学校のお父さんも優しいの?」
霧島「そうだよ。千春ちゃんのお父さん優しいから生徒に全然怒らないの。」
キョンと結婚して、千春ちゃんを生んだ「ハルヒ」さんってどんな人なんだろう?
キョン「お〜いご飯できたよ〜!!」
「は〜い!!カレー!?」「正解!人参も入ってるよ」「えっ…?本当?」「うん。」
でも聞いちゃいけない。自分がされて嫌だったことを千春ちゃんにしたくない。
キョン「どうした霧島?早く来いよ。」
霧島「うん。ねぇキョン。」
キョン「なんだ?」
霧島「私も人参苦手なんだけど。」
キョン「何言ってんだwwwwお前高校生だろ、我慢して食え!」
霧島「ちっ。まぁ千春ちゃんもいるしね。残さず食べるわ。」
キョン「いつでも残さず食べなさい。でないと大きくなれないぞ。」
霧島「…どうせ私は年の割に幼いわよ…」
キョン「なんか言ったか?」
霧島「何も言ってないわよ!!一粒残さず食べてやるわ!!」
キョン「おう。その意気その意気。」

 

205 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/23(土) 22:47:48.18 ID:60Wl2Hdc0

佐々木「霧島さんはこのくらいでいいかな。」
霧島「あっ…はい。ありがとうございます。」
佐々木「はい。千春の分。」
千春「む〜…。お姉ちゃん。」
佐々木「なに?」
千春「にんじん入ってる。」
佐々木「うん。おいしそうだね。」
キョン「あぁ。とてもおいしそうだ。なぁ霧島。」
千春「……」
千春ちゃんが私のほうに助けを求めるような視線を送ってくる。
霧島「う、うん。早く食べたいな。」
ごめんね千春ちゃん。でも私みたいになってほしくないから。
佐々木「じゃ、手を合わせて」
「「「「いただきま〜す」」」」

 

207 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/23(土) 22:55:33.48 ID:60Wl2Hdc0

キョン「うん。うまい。カレーってたまに食べたくなるよな。」
佐々木「どの食べ物でもそうだと思うけど。」
千春「おいし〜〜〜い!!!」
佐々木「でしょ。にんじんも食べれそう?」
千春「…がんばる!!!」
佐々木「偉いよ。全部残さず食べたら明日プリン買ってあげる。」
千春「ほんとに!?」
佐々木「いいよね、キョン?」
キョン「あぁいいよ。でもちゃんと残さず食べれるか〜?」
千春「食べるもん!!きっれ〜いに食べるもん!」
思えばどれくらいぶりだろう。こうやって誰かと食卓を囲むのなんて。
賑やかな晩ごはんなんて。遠い過去のことのように思えてしまう。
自分も家族と、こんな風に楽しくご飯を食べていたなんて嘘のようだ。
記憶には存在している。お父さんと、お母さんと、私の三人。
でもどうしてだろう。確かに私はそこにいたのに。
全然リアリティがない。5年前本当に私はそこにいたんだろうか?

 

208 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/23(土) 22:59:30.58 ID:60Wl2Hdc0

スプーンに写るもの。キョンと、佐々木さんと、千春ちゃんと、そして私。
あの日から、スプーンに写るのは私だけになった。
あたりまえだと思ってた。いつでもそこに在るものだと思ってた。
でもそれは違った。簡単に崩れるものだった。私が何も知らないだけで。
「霧島…?」「霧島さん…」「ハルちゃん」
霧島「え…?」
キョン「お前…泣いてるのか?」
霧島「あ…え…ごめん,キョン。どうしたんだろう…はは、ごめんね。」
大丈夫だ、お母さんがいなくても生きていける、そう思ってきた。
でも違った。思い込んでいただけだった。見て見ぬふりをしていただけだった。
キョン「霧島。カレー冷めちまうぞ。」
佐々木「そうだよ、霧島さん。あったかい内が1番おいしいんだから。」
千春「ハルちゃん。カレーおいしいよ。食べよ?」
千春ちゃんの手が私の手に触れる。こんなに小さい手なのに。
伝わってくる温もりはこんなにも暖かい。
霧島「…おいしい。」
千春「でしょ!お姉ちゃんの料理はね、なんでもおいしいんだよ!」
佐々木「お口にあったみたいでよかった。」
キョン「俺と佐々木が作ったんだからな。当然だ。」
私が欲しかったもの。きっとそれがここにはある。
でもここは私の居るべき場所じゃない。そう思うとカレーが少し酸っぱく感じた。

 

209 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/23(土) 23:08:18.21 ID:60Wl2Hdc0

霧島「お世話になりました」
佐々木「また来てね。とは言っても私の家ではないんだけど。」
千春「また遊ぼうね!ハルちゃん!」
晩飯を食い終わってから、俺たちは居間でトランプをしていた。
千春が最近幼稚園で覚えてきたババ抜き、7並べを2時間もだ。
今までの人生の中でこのトランプ2大ゲームを何度やってきたかは分からないが、
自分の子供とトランプをするのがあんなに楽しいものだとは思ってもいなかった。
キョン「じゃあ俺が家まで送っていくから。」
霧島「え!?いやいいって!!もう時間も遅いし!!」
キョン「時間が遅いから送るんだろうが。女の子一人で何かあったらどうすんだ。」
霧島「いや本当にいいから!電車降りたらすぐだから!」
ここまで頑なになる理由が分からない。だが心当たりはある。
朝、家庭調査票の確認をした時に見せた表情、それにさっきの涙。
悪い方にはあまり考えたくないが、霧島の家には何かしら問題がある。

 

211 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/23(土) 23:12:06.20 ID:60Wl2Hdc0

キョン「お前の住所って確か隣町だったよな。」
霧島「…うん。」
キョン「じゃあどうしてここに帰るんだ?」
今俺たちは駅前の小さなアパートの前にいた。
駅前といっても隣町ではない。というか電車自体乗っていない。
キョン「…わかった。じゃあ早く帰ろう。」
霧島「ここまでありがとう、もう大丈夫だから。」
こう言うだろうとはなんとなく予想はできていた。
キョン「いや、親御さんに挨拶したいから、玄関まで行くよ。」
霧島が歩きだす。俺がその後ろをついて行っても、もう何も言わない。
階段を上がり2階の1番右端の部屋の前に着く。

 

213 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/23(土) 23:18:41.92 ID:60Wl2Hdc0

霧島「…ただいま。」
ドアを開けてそこにあるのは、暗闇だった。返ってくる言葉も無い。
霧島の後ろに俺も続く。灯りがつき、部屋を見渡す。
ベッドがあり、鏡があり、テレビがある。
人が生活するのに必要な道具がそこにはあるのに。
それなのに、この部屋には「匂い」が無かった。
人が生活している匂いや、暖かさというものがこの部屋には欠落している。
霧島「ここがあたしの家だよ。」
キョン「親御さんは?家族は?」
霧島「ここに住んでるのは私一人だけ…。」
驚きはない。この部屋の前に来た時点で、もしかしたらとは思っていた。
霧島が一人暮らししているんじゃないかということ。
キョン「…話してくれるか?」
霧島「わたしね、5年前にお母さんが死んだの。」

 

215 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/23(土) 23:24:28.67 ID:60Wl2Hdc0

私はお父さんとお母さんの三人家族だった。裕福とは間違っても言えなかったが、
それでも幸せだった。三人いつも笑顔で、寂しいと感じることなんて無かった。
ある日お母さんに熱が出た。薬を飲んでも一向に治らない。
お母さんは入院した。お父さんは心配いらないと言っていたけど、嘘だと分かった。
私は毎日病院にお見舞いに行った。
日に日にお母さんが弱っていくのを見るのはとても辛かった。
それでもお母さんのそばにいたかった。
それからまた少し時間が経った。お母さんは無菌室というところに移った。
お母さんには窓越しでしか会えなくなった。私は毎日お見舞いに行った。
ある日、お父さんと二人でお医者さんに呼ばれた。
難しい言葉がたくさん出てきてよくわからなかったけど、
ある薬を使えばお母さんは治るかもしれないということ、
薬を用意するのにたくさんのお金がいること、それは私にもわかった。
お母さんが治るかもしれない。それだけで私は救われた気持ちになった。
それから2ヶ月後お母さんは死んだ。夜寝てそのまま意識が戻らなかったという。
薬が使われることは無かった。
そのあとのことを私自身よく覚えていない。最後のお別れのとき、
綺麗にお化粧したお母さんを見て、1度だけ泣いた。

 

216 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/23(土) 23:32:08.90 ID:60Wl2Hdc0

お父さんはあまり家に帰ってこなくなった。たまに帰ってきても、
私が寝ている時間に帰ってきて、朝起きる前に働きに行く。そんな生活だった。
夜が怖かった。独りで寝るのは、その時が初めてだった。
暗闇の中に私一人、頼る人は誰もいない。布団の中で震えていた。
お父さんに電話をしようかと何度も思った。でもそれはしなかった。
お父さんは忙しいんだから、お母さんはもういないんだから、
私だけ我儘言うわけにはいかない。
そして2年が経ち、私は中学生になった。
入学式の日に、お父さんが「話がある」といって女の人を連れてきた。
お父さんは言う。この人はお母さんの職場の同僚だったこと。
お母さんの葬式で知り合ったこと。
そして、この人と再婚したいということ。
理解できなかった。まだお母さんが死んでからたった2年しか経って無いのに。
お母さんのことはもういいの?死んでいないから、もう想うこともできないの?

 

218 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/23(土) 23:39:45.56 ID:60Wl2Hdc0

霧島「その時分かったの。結局お父さんにとってお母さんは『他人』なんだなって。」
霧島が言う。ぽつりぽつりと。
霧島「他人だから、あの時薬も使わなかった!もし使ってたらお母さんは助かったかもしれないのに!私にはたった一人のお母さんなのに!」
「ハルヒ」の目から涙が零れる。父親を責める度に、雫が頬を伝い落ちていく。
霧島「どうしてよ…?なんで…?お父さんにとってもたった一人の人じゃなかったの?
   『家族』だと思ってたのは私だけだったの?」
口から出る言葉はそのまま霧島の胸に突き刺さる。
キョン「ハルヒ」
ハルヒの涙を拭う。できる限りの優しさで、「ハルヒ」を傷つけないように。
キョン「想い続けることは確かに難しいよ。誰かを想い続けて、それが報われなければ
想うことを辞めてしまうかもしれない。」
俺もいつか「ハルヒ」のことを想うのを辞めてしまうかもしれない。報われない思いを
抱き続けることがどれほど辛いかなんて、俺はもう身にしみて分かっている。

 

219 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/23(土) 23:45:25.77 ID:60Wl2Hdc0

キョン「でもな、想いっていうのは紡がれていくものなんだ。誰かを想うことを辞めたからといって、その人のことを全て忘れてしまうわけじゃない。
    その人のことを考えて、嬉しかったり、悩んだり、悲しかったりしたことは、心の中に想い出としてあり続けるんだ。
    そして、その想い出があるから、人はまた新しく人を想えるようになる。」
そして、また誰かのことを愛する日が俺にも来るかもしれない。
だからといって俺は心の中にいる「ハルヒ」を決して忘れることができない。
過去に行ったり、殺人事件まがいに巻き込まれたり、雪山で遭難したり、そして夢の中でカウントされないファーストキスをしてたりと、忘れろというのが無理な話だ。
キョン「だからな、想いは風化する物じゃない。ただ想い出に形を変えてしまっただけで、いつまでも心の中にあるんだ。」
俺の想いもいつかは形を変えてくれるのだろうか。
想い出として懐かしむ日がいずれくるだろうか。

 

220 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/23(土) 23:50:14.81 ID:60Wl2Hdc0

霧島「ふぁあ…うわぁあああああああああああん」
嗚咽が漏れる。目の前で「ハルヒ」が泣いている。
霧島「分かってるの…。でも私には、お母さんはお母さんだけなの!自分でもどうしようもない…くらいに。」
泣かないでくれ「ハルヒ」。お前の悲しむ顔なんて俺は見たくない。
お前を悲しませるために俺はいるんじゃない。お前の笑顔が見てたいんだ。
キョン「もういいよ『ハルヒ』。分かってるから…。」
俺は何をしているんだ?俺は教師で、霧島は生徒だぞ。
こんなことが誰かにバレたら俺の首が飛ぶかもしれない。
理性が俺に警告する。だがもう遅い。行動に移しちまったあとだ。
俺は「ハルヒ」を抱きしめていた。
霧島「…うううぅう、うぇえええええええええええ」
「ハルヒ」が俺の胸の中で泣く。泣き止んで欲しいのに、余計泣かせちまった。
それでもいい。今この時だけはこうしていたい。
腕に力を込める。俺の想いが少しでも伝わればいい。伝わって欲しい。

 

221 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/23(土) 23:53:22.61 ID:60Wl2Hdc0

どれくらいの時間そうしていただろう。10分だろうか、1時間だろうか。
霧島「ごめんね、キョン。こんなことさせちゃって。」
霧島が顔を上げる。目は少しだけ腫れている。
キョン「いいって。俺がしたくてしたんだから。」
霧島「っ!…(///)」
霧島の顔が赤くなる。今の発言はさすがに問題ありか?
でもそんなこと今はどうでもいい。「キョン」として俺はここにいるんだ。
キョン「あのさ、続き聞いてもいいか?」
霧島「…うん。」
霧島の顔に一瞬だけ影が落ちる。
霧島「結局ね、お父さんは再婚して三人で暮らしだしたの。私も最初はぎこちなかったけど、少しずつその生活に慣れていったわ。」
それを悟られないように明るい口調で霧島は話してくれる。
霧島「でもね、いつだったかな…。私の帰りが遅かった時、二人がリビングですごく楽しそうに話してたの。」
霧島の肩が少し震える。

 

222 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/23(土) 23:57:40.52 ID:60Wl2Hdc0

キョン「無理はしなくていいからな。」
少しでも震えを抑えるために俺は霧島の肩を抱く
霧島「大丈夫…。それを見てたらね、私の居場所ってどこにあるんだろうとか
思っちゃってさ。自分でもびっくりするくらい怖かったの。お母さんが
死んだ日から、私の居場所なんてどこにもなくて、私が勘違いして
お父さんの居場所に居座り続けてるだけじゃないのかな…」
声が止まる。涙をこらえようとしているのか。
霧島「そう思うと…もう家に居るのも嫌になってきて、家出ることにしたの。」
キョン「反対されなかったのか?」
霧島「もの凄く反対されたわ。まだ早すぎるって。初めてお父さんと喧嘩した。
三人で毎日みたいに言い合いして、条件付きでOKもらったの。」
キョン「条件というと?」
霧島「ここの管理人がお父さんの知り合いだからここに住むこと、週末はなるべく帰ってくること、
毎日メールでもいいから連絡をとること、それと一人暮らしをしてることを周りにばらさないこと。それが条件なの。」

 

223 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/24(日) 00:01:27.61 ID:9y5OBlTW0

キョン「…それで平気なのか?」
霧島「なにが?」
キョン「一人暮らしのことだよ。」
霧島「うん。始めてみたら意外と楽しくてさ、それに一人だから気楽だしね。」
キョン「嘘つくなよ。」
そんな潤んだ目で、枯れた声で。何が楽しいだ、何が気楽だ。
霧島「嘘じゃない…。」
キョン「あぁ。そうだな。」
霧島「嘘じゃないって言ってるじゃん…!」
キョン「もういいって。分かってるから」
霧島「…嘘じゃないもん…。」
最後のほうはもう言葉になっていなかった。
泣いている霧島はまるで迷子のようだった。
自分がどこにいるかわからない。どうすればいいかもわからない。
いつも隣にいてくれる家族が今自分の隣にいない。
まるで異世界に自分だけが取り残されたような感覚に陥る。

 

225 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/24(日) 00:06:21.22 ID:9y5OBlTW0

キョン「自分の居場所が無いって、さっき言ってたよな。でもそれはお前が気づいてないだけなんだ。」
迷子になってる本人には分からないが、家族は見つけようと必死になって探してくれてる。
迷子が知らないだけで、親は何時も子供のことを考えてるんだ。
キョン「自分のことでいっぱいいっぱいだと、他人の想いとか優しさに気付けないときもあるよ。でもそれでいいんだ。前にも言ったけどお前はまだ子供なんだから。
親に迷惑掛けるのも、親孝行の一つだしな。そうやって何度も何度も親父と喧嘩して、迷惑掛けてたらいずれ気づくよ。自分の居場所はこんなに身近にあったんだってさ。
それでもどうしようもない位寂しいときはさ、俺が傍にいてやるから。そして一緒になってお前の居場所を探してやる。」
迷子を親が見つけてくれるまで、俺はこいつの隣にいて励まして、慰めて、
一緒に探してやろう。こいつの居場所を。そして、
キョン「お前が本当の居場所に気づくまで、俺がお前の居場所になるから。」
短い時間かもしれないが、迷子が泣かないように、不安にならないように
居場所でいてあげよう。それが今の俺にできるたった一つのことだ。

 

226 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/24(日) 00:10:54.19 ID:9y5OBlTW0

キョン「だから、もう泣くな。お前の居場所はここにあるんだ。」
霧島「ほんとに、傍にいてくれる?独りで、寂しくて、怖くて、眠れない夜も、あるの。」
キョン「俺ん家に電話してこい。迎えに行ってやるから。千春と三人川の字で寝よう。」
霧島「ほんとに…?迷惑じゃない…?」
キョン「だから子供がそんなこと考えんなって。今だけなんだぞ。
大人に迷惑かけれんのは。」
霧島「…じゃない。」
キョン「ん?」
霧島「子供じゃないって言ってんのよ…。この馬鹿キョン…。」
そう言う「ハルヒ」は笑顔だった。
ちなみにこの後俺は家に帰ったが、佐々木から「自分の子供を放っておいて、女子高生と
こんな遅い時間まで何してたんだい?」と尋問があったことは言うに及ばない。

 

227 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/24(日) 00:17:46.82 ID:9y5OBlTW0

その翌日の昼休み、俺と霧島は屋上にいた。
霧島と一緒に飯を食べていた吉川にはご退場願った。
「ごゆっくり〜♪」となにやら嫌な言葉を残していったのが少し気懸りだが。
キョン「すごい風だな。少し寒いくらいだ。」
霧島「そんなこと言いにきたんじゃないでしょ?」
キョン「…お前の実家に電話して、少し話させてもらった。で一人暮らししているのを
本人から聞いたって親父さんに話したよ。」
霧島「…何て言ってた?」
キョン「学校に伝えてなくて申し訳ない、なにか必要な手続きがあるならなんでも言ってくださいって。あと学校で娘はどうしてるのか、友達はいるのか、
クラスには馴染めてるだろうかとかも聞かれたよ。」
霧島「(///)!!…それだけ?」
キョン「あとは娘のことよろしくお願いします、母親がいなくなってからあの子には寂しい思いをさせてきたから、
これからは父親として少しずつでもあの子の傷を癒していきたいって言ってたよ。」
霧島「…そうなんだ。分かった。ありがと。」

 

228 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/24(日) 00:23:46.43 ID:9y5OBlTW0

今の言葉が霧島の胸にどれだけ響いたのか、確かめる方法はないけれど、
でもきっと大丈夫だ。こいつは人の想いが分からないような人間じゃない。
こうやって少しずつ親の想いに触れていければ、見失ったものもすぐに見つけ出すだろう。
そのときまで俺は教師として、そして「キョン」として隣にいてあげよう。
キーンコーンカーンコーン。予鈴が鳴る。
キョン「よし、帰るか。月曜の5限目は6組の授業だったな。」
俺が校舎に戻ろうとしたその時、
霧島「きょ、キョン!」
俺の腰が誰かに掴まれた。いや、こういう曖昧な表現は止そう。
俺は後ろから抱きつかれた。屋上にいるのは俺と「ハルヒ」だけだ。
だから俺に抱きつける人間は一人しか考えられない。

 

230 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/24(日) 00:28:00.24 ID:9y5OBlTW0

霧島「あ、あんた言ったわよね。想いはいつか想い出に変わるって。だ、だからキョン
の『ハルヒ』さんへの想いもいつかは想い出に変わる…。ううん、私が変えてみせ
るから!!わ、わわわ、私のこと絶対に好きにさせてやるから!そ、そしてキョン
の隣をず〜〜〜っと私の居場所にするんだから!!いい!?わかった!?」
それだけ言い終わると霧島は俺の横を全速力で走りぬけていった。
俺は今どんな顔をしてるんだろう。自分でもどういう表情をしていいのか分からない。
ただ、ただ一つだけ分かったことがある。それはどうやら俺の人生は「ハルヒ」という
存在から逃げられないという事。まぁ逃げる気なんて更々ない。真正面からぶつかって
そして嬉しいことも、楽しいことも、苦しいことも、悲しいことも、一緒に経験して
乗り越えていく。それが俺と「ハルヒ」の在り方なんだ。
雲一つない青空の下、俺は気付けば笑っていた。
第1章 Fin