涼宮ハルヒの喪失〜10years after〜  第2章 とある文芸少女のコンプレックス

 

236 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/24(日) 00:40:33.08 ID:9y5OBlTW0

2章 とある文芸少女のコンプレックス
放課後の部室。俺と陸奥は二人で本を読んでいた。
いつもは騒がしい放課後も、今日は雨の降る音と吹奏楽部の練習の音しかしない。
先週の梅雨入り宣言からずっとこの調子だ。
アウトドア派の人間にはこの上なく迷惑な雨だろうが、俺や陸奥みたいな
インドア派の人間にはゆっくり読書できる時間を与えてくれる恵みの雨だ。
こういう静かな環境の中で読書をしていると本の世界に入り込んでいくような
感覚になるときがたまにある。その瞬間が俺はたまらない程好きだ。
その喜びを教えてくれたのは、無愛想で無口で、そのくせ人一倍負けず嫌いな宇宙人だ
ただその宇宙人から多分に影響を受けた俺は、ハードカバーばかり読むようになっていた。

 

237 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/24(日) 00:42:38.58 ID:9y5OBlTW0

陸奥「時々思うんですけど、そんな辞書みたいな本よく読めますよね。」
キョン「この重さが手に馴染んじゃってな。文庫本だと軽すぎてさ、
読書してる感じがしないんだよ。」
陸奥はライトノベルや恋愛小説、ドラマ化・映画化する作品といった
巷で話題の小説を読むことが多い
好きなジャンルがこれと言ってあるわけでもない。
良く言えば手広い、悪く言えばミーハーな読書家だ。
今も最近アニメ化したというライトノベルを読んでいる。
キョン「今回のラノベはどうだ?」
陸奥「まぁまぁですね。科学と宗教が超能力として同居するという世界観は面白いのですが、
   キャラクター一人一人、特に主人公が暑苦しいというか、煩わしいというか。
   そして重要な場面でベラベラ喋り過ぎですね。喋る前にまず行動に移せばいいのにと、
   突っ込まざるをえません。小説だから仕方ないといえば仕方ないんですけど。」
今日も陸奥節絶好調だな。ぴりりと辛味が効いている。

 

238 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/24(日) 00:47:18.87 ID:9y5OBlTW0

キョン「そうか、点数にして何点くらいだ。」
陸奥「そうですね…。80点くらいでしょうか。」
そして、毎度のことの高評価。陸奥の辛口は愛あればこそなのだ。
つまらないと思った作品にはコメントすらしない。
10冊以上出ているこのシリーズも陸奥は全巻揃えている。もちろん番外編も含めてだ。
陸奥「それはそうと先生。今日のお茶はなんだか分かりますか?」
キョン「…アッサムティーか?」
これは最近俺達二人の間で、定番になりつつある「お茶の銘柄当てゲーム」だ。
外してしまうと陸奥がガッカリした顔になるから、俺も本気にならざるを得ない。
陸奥「……」
キョン「…どうだったかな?」
しかも答えをいうまでの間が妙に長いから、こっちとしてはたまったものじゃない。

 

242 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/24(日) 00:52:27.11 ID:9y5OBlTW0

陸奥「…先生。正解です!」
キョン「うしっ!ここんとこ調子いいな。今日で3連続だから…新記録まであと2問か。」
それに正解すると陸奥はとても嬉しそうな顔をしてくれる。
それも俺がこのゲームに真剣になる理由の一つだ
陸奥「でも今日のは簡単でしたからね。明日からこうはいきませんよ。」
キョン「ふふふっ。どんとこいだ。何出されても当ててやる。」
売り言葉に買い言葉というのはこういうことを言うんだろう。
こんなことをしながら文芸部での時間は今日もゆっくり、まったり、過ぎていく。

 

244 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/24(日) 01:01:39.96 ID:9y5OBlTW0

キョン「うし。じゃあ俺今日はお迎えがあるから先に帰るよ。戸締り頼んだぞ。」
陸奥「あの。待ってください!先生!」
キョン「どうした?なんかあったか?」
陸奥が今まで聞いたこともない大声で俺を呼びとめた。
陸奥「あの、もしよかったら明日の土曜日…図書館に行きませんか?その文芸部の行動の一環としてですね、駄目だったら駄目ってはっきり言ってくださって結構ですから。」
キョン「いいよ。行こうか。」
陸奥「え?あの…いいんですか?迷惑じゃないですか?」
キョン「うん、明日は大丈夫だよ。あのさ、千春も連れてきていいかな?
でも文芸部としていくなら迷惑だよな。」
陸奥「全然構いません!むしろ連れてきてください!人数は多い方が楽しいですし!」
キョン「そうか?悪いな。じゃあ時間とかどうする?」
陸奥「えっと…じゃあ駅前の広場に、1時でどうです?…どうかしました?」
キョン「いやいや…なんでもない。分かった。駅前の広場に1時な。」
駅前の広場で待ち合わせか。久しぶりに聞く響きだ。あまりいい思い出はないが。
お金は少し多めに持っていったほうがいいかもしれないな。
キョン「駅前に1時な。じゃあまた明日」
陸奥「は、はい!また明日…。」
たまには図書館で本を選びながら休日を過ごすのもいいかもしれない。

 

322 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/24(日) 21:47:23.18 ID:9y5OBlTW0

ドアが閉まる。先生が歩く音が少しずつ小さくなる。
陸奥「ふわ〜…」
体から力が抜けていく。私は床に座り込んでしまった
疲れた。どっと疲れた。自分があんな行動に出てしまったこと自体が驚きなのに、
さらに先生もすんなりOKしてしまった。
休日に先生と図書館…。考えるだけで気が遠くなる。
二人きりなんてありえない。千春ちゃんが来てくれるのは私としても好都合だ。
陸奥「本当に言っちゃったんだ…私。」
普段の私なら絶対にありえない。「今」の先生との関係に不満があるわけでもない。
部室での二人だけの時間はとても楽しい。
こんな行動に出てしまったのには理由がある。先週の部活の帰り。
珍しく先生が下校時間ギリギリまで部活に出てくれた日のこと。
職員室の前で先生のことを待っている人がいた。
その人の顔を、目を見たとき、私は気づいてしまった。
この人も先生のことが好きなんだということに。

 

325 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/24(日) 21:57:53.58 ID:9y5OBlTW0

その翌日、部活に来た先生に「昨日先生を待ってた子は誰なんですか?」と直接聞いた。
先生は「俺のクラスの女の子だよ。」と、あっけらかんとした態度で答えてくれた。
クラスの女の子。ということは、私よりも先生とコンタクトする時間は長い。
しかも1年生ということは、現国は先生が担当している。
なによりその女の子には放課後先生が来るまで職員室の前で待つという
大胆さと積極性が備わっている…!!
それにくらべて私と言えば現状に満足し、ぬるま湯のような関係に浸かっているだけ…。
勝てない…。今の私じゃ…とても…!!
その焦りが今回のような行動に私を駆り立てた
ってこんなこと考えてる暇は無い。
早く家に帰って明日の「部活動」を成功させるために行動せねば!!
…でももう少しだけ休んでからいこう。足に力が入らなくてまだ立てそうにない。
それに少しだけ余韻に浸っていたい。先生が私の誘いを承諾してくれた喜びに。

 

328 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/24(日) 22:08:49.36 ID:9y5OBlTW0

千春「お父さん〜!はやく〜!」
キョン「千春!道路が濡れて危ないから走っちゃダメだ!」
千春「女の子とまちあわせする時は、男は約束の時間より早く来ないと駄目なんだよ〜。」
キョン「千春…それ誰から聞いた?」
千春「二人はナーバスでマリッジブルーがぼやいてた〜。時間ぴったしに来るとかありえないって。」
最近のアニメはどうなってるんだ?過激な表現が多いと言うのは聞いているが。
銀○とか。ぼ○らのとか。なぜだろう、自己嫌悪してきた。
キョン「時間はまだ大丈夫だから、ゆっくり行こう。危ないから。」
千春「は〜い。」
千春と手を繋ぐ。いつもは人通りが多い駅前の通りも今日は人がまばらだ。
千春「みっずた〜まり〜♪」
千春は道にある水たまりの上をあえて選んで歩いていく。
長靴におかっぱの千春にとっては、雨なんてどこ吹く風だ。むしろ楽しんでる。

 

330 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/24(日) 22:17:29.53 ID:9y5OBlTW0

千春「あめ〜あめ〜ふれ〜ふれ〜♪」
雨の日と言えばこの童謡だよな。少し音程が違う気がするけど。
千春「もっ〜とふれ〜。あたしのいい人つれてこい〜♪」
キョン「そっちかよ!!www 千春それ誰に教えてもらった!?」
千春「え?う〜んとね…お姉ちゃんが料理しながら歌ってたの。」
佐々木…。中学から足かけ10年の付き合いだが、あいつにはまだまだ謎が多い。
そろそろ駅前だな。陸奥はもう来てるだろうか。まだ約束の時間まで20分はある。
俺の方が先に着くとは思うんだけど。
高校時代の経験からか、待たせている気がしてならない。
広場にあるモニュメントの前に傘をさした女の子が一人。
千春「ゆうきちゃ〜〜〜ん!!」
手を振りながら千春が呼びかける。その声に女の子が手を振り返す。
やっぱりか。お詫びに喫茶店に行くべきかな。代金は当然俺持ちだ。

 

334 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/24(日) 22:25:17.83 ID:9y5OBlTW0

キョン「ごめんな。雨の中待たせちゃって。」
陸奥「いえ、私が早く来ただけだから。気にしないでください。」
千春「だから言ったでしょ〜お父さん!ゆうきちゃんごめんね。」
陸奥「大丈夫だよ、千春ちゃん。そんなに待ってないから。」
陸奥と千春には面識がある。
たまに幼稚園のお迎えに陸奥が付き合ってくれることがあるからだ。
キョン「とりあえず、移動しようか。雨の中、立ち話もなんだからな。」
陸奥「は、はい!!」
休日に私服の生徒と待ち合わせというのも少しおかしな気分だ。
陸奥は白無地のロンTにタイトなジーンズ。今はスキニーっていうのか?
その上にロングカーディガンを羽織っている。
落ち着いた印象を与える、少し内気な陸奥らしい私服だ。
千春「じゃあ早く行こう!ねっ!ねっ!」
千春が俺と陸奥の間に入る。そして俺の右手を、陸奥の左手を握る。
図書館までの道のり、俺たち三人はずっと手を繋いでいた。

 

336 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/24(日) 22:38:02.14 ID:9y5OBlTW0

千春「ゆうきちゃん。これ読んで。」
陸奥「はい。じゃあ本貸して。タイトルは…『ななついろの星と魔女の女の子』」
図書館に着いた俺達は千春の要望に応えて、子供向けの本が置いてある場所にいる。
千春は陸奥の膝の上に座り、陸奥が読む絵本をおとなしく聞いている。
陸奥「昔々、あるところに男の子がいました。ある日、男の子が外を歩いていると、ドカン!!人にぶつかってしまいました。
ぶつかった人はジュースをたくさん持っていてそれを全部落としてしまいました。」
陸奥は優しい声で、子守唄を歌うように、ゆっくりと読み上げていく。
ただ読むだけじゃなく強弱や緩急もあって、千春はすっかり引き込まれている。
陸奥「男の子は、ジュースを拾うのを手伝ってあげました。ぶつかった人はお礼に男の子にもっていたジュースを一本あげました。喉が渇いていた男の子は、すぐにジュースを飲みました。
そしてその日の夜男の子が寝ようとすると、『あれ、変だな?』体が思うように動きません。」
それに頑張って声色を使い分けている。学校の陸奥を見ているだけでは見れない場面だ。
陸奥「それもそのはずです。男の子はなんと羊のお人形になっていたのです。」
千春なんてもう真剣そのものだ。「おぉぉ…」とか言いながら絵本を凝視している。

 

339 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/24(日) 22:45:59.06 ID:9y5OBlTW0

陸奥「男の子が『どうしよう』とあわてていると、窓の外が光って、そこに男の人があらわれました。その男の人が言うには男の子が飲んだジュースは魔法のジュースで、それを飲んだから羊の人形になってしまったこと。
もとに戻るには、なないろに光る流れ星を集めないといけないのです。」
キョン「…なぁ陸奥。読んでるところ悪いんだけど、それ子供向けの絵本だよな?」
この絵本なにか気になる。そして妙な親近感を覚えてしまう。
陸奥「そうだと思いますけど…。なにか気になりました?」
千春「ゆうきちゃ〜ん。早く続き〜。」
陸奥が俺と千春の板挟みになって困った顔をしている。
キョン「いや、多分気のせいだ。気にせず読んであげてくれ。」
陸奥「そうですか?ごめんね、千春ちゃん。え〜と…どこまで読んだっけ?」
千春「おほしさまを集めないと、戻れないところまで〜。」
微妙に気懸りだが、千春も楽しみにしてるようだし。
まぁ図書館にある本だから大丈夫だろう。俺の杞憂に過ぎない…で欲しい。

 

340 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/24(日) 22:50:42.62 ID:9y5OBlTW0

書架の間をすり抜けて、私は文庫本が蔵書されている本棚に着く。
長雨で家から出ずに、読書する人が多いのだろうか。棚には空きが多く見られた。
特に借りたい本が無い私は、面白そうな本が無いか物色していく。
今日図書館に来たのは、本を借りるのが目的ではない。
本当なら、先生や千春ちゃんと一緒にいたかったが、
「俺と千春のことはいいから、本見て来いよ。」と先生に言われて、
部活動の一環という口実で来ていることを思い出した。
だからささっと本を借りて、先生のところに行こうと考えていたんだけど。
いざ棚の前に来ると、何を借りようか迷ってしまう。
せっかく借りるんだったら、なるべく面白い本を借りたい。
でも面白そうな本は、のきなみ借し出されているようだ。
あまり人気が無さそうな本ばかり残っている。
もう探すの諦めようかなと思い始めた時、「ゆうきちゃん。」後ろから話しかけられる。
陸奥「佐々木さん。こんにちは。」
佐々木「こんにちは。」
ここの司書として働いている佐々木さん。
綺麗で、本の知識も多くて、穏やかで、私は密かに憧れている。

 

341 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/24(日) 22:55:41.45 ID:9y5OBlTW0

私が佐々木さんと出会ったのは、中学生の時だ。
借りたい本があったんだけど、タイトルが分からなくて
私は、本棚という本棚を探し歩いていた。
佐々木「さっきから本探しているみたいだけど、手伝いましょうか?」
そんな私を見かねたのか、佐々木さんが話しかけてくれた。
内容の断片的な情報だけしか伝えきれなかったのに、
佐々木「はい。これであってるかな?」
陸奥「は、はい!これです!ありがとうございます!」
佐々木さんはすぐに、私の目当ての本を見つけてきてくれた。
佐々木「どういたしまして。」
その時見せてくれた笑顔は、今まで見たどんな女優やアイドルよりも美しかった。
それから私は図書館に来たときは、佐々木さんを探すようになっていた。
佐々木「今日は一人で来てるの?」
陸奥「いえ…あの…学校の先生と一緒です…(///)」
佐々木「それは、もしかして例の先生?」
陸奥「はい…。」
佐々木さんと親しくなってから、二人で色んな話をした。
その中には恋愛の話も含まれていて、好きな先生がいることも話している。

 

342 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/24(日) 22:59:47.82 ID:9y5OBlTW0

佐々木「ねぇ。その先生見に行ってもいいかな?」
陸奥「え…えええええええええええええ!!」
周りの人から冷たい視線が向けられる。つい大きい声が出てしまった。
佐々木「ごめんね。そんな驚くと思ってなくて。」
陸奥「いえ…こっちこそごめんなさい。でも…本気ですか?」
佐々木「ゆうきちゃんみたいな可愛い子の心を奪った人を、前から人目見たくてね。」
目が輝いている。興味津々でたまらないといった感じだ。
佐々木「駄目かな?」
「駄目です」と言いたい…。でも言えない雰囲気だ。
佐々木さんの後ろに「ワク ワク」という擬音が見える…。
陸奥「じゃあ、先生のところに行くのでついて来てください…。」

 

345 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/24(日) 23:06:30.49 ID:9y5OBlTW0

陸奥「先生。今戻りました。」
先生は千春ちゃんを膝枕している。千春ちゃんはどうやら寝ているようだ。
キョン「おう。お帰り…。」
先生の視線が、後ろの佐々木さんに向いている。
いきなり司書さんを連れて来たから、驚かれるのも無理ない。
「キョン」「佐々木」
え…?どういうこと?
キョン「ここで会うのは初めてだな。」
どうして佐々木さんが先生のあだ名を知ってるの?
佐々木「そうだね。」
どうして先生が佐々木さんのことを知ってるの?
陸奥「あの…二人は知り合いなんですか?」
キョン「あぁ。中学の同級生でな。腐れ縁だよ。千春、起きろ。お姉ちゃん来てるぞ。」
千春「んん…お姉ちゃん…?お姉ちゃんだ。お早う。ここ…お家?」
キョン「ん?ここは図書館だよ。寝ぼけてるよこいつwww」
佐々木「おはよう千春。もう…よだれ垂らして。」
どうして寝ぼけた千春ちゃんが、佐々木さんを見て家に居ると勘違いしたんだろう?
佐々木さんが取り出したハンカチで、千春ちゃんのよだれを拭う。
それがとても自然な行為に見えた。

 

347 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/24(日) 23:12:41.76 ID:9y5OBlTW0

千春「お姉ちゃん…。」
千春ちゃんが佐々木さんに抱きつく。
佐々木「どうしたの?千春?」
千春「……」
キョン「寝た?」
佐々木「寝た。まいったな…仕事中なのに。」
キョン「ひっぺがしていいから。ほら千春。お姉ちゃん困ってるから。」
千春「ん〜…。」
千春ちゃんが嫌がる。抱っこされている千春ちゃんの顔はとても穏やかだった。
まるで母親に抱っこされているみたいに。
佐々木「ほら千春、お父さんの所戻って。」
どうして三人を見ていると、まるで家族のように見えてしまうのだろう?
答えなんて一つしかない。

 

350 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/24(日) 23:20:24.09 ID:9y5OBlTW0

佐々木「ごめんね、待たせちゃって。」
俺達は、佐々木の仕事が終わる時間まで待っていた。
千春は俺に抱っこされて、熟睡している。
キョン「そんなに待ってないよ。」
陸奥「……」
待っている時間は短かったが、さっきから腕が結構だるい。
さすがに5歳ともなると、少し重く感じるようになってきた。
自分が衰え始めているという可能性は、考えたくない。
俺は体に鞭打ち、疲れを見せないように千春を抱えなおす。
佐々木「キョン。変わろうか?疲れてるんだろう?」
俺の見栄なんて一発で看破されてしまう。
佐々木に隠し事なんて、多分一生かかってもできないな。
キョン「いいって。大丈夫だから。」
だが一回見栄を張ったからには、張り続けるのが男というものだ。
佐々木「疲れたら言ってね。」
そんな俺の考えも多分佐々木には筒抜けなんだろうけどさ。

 

352 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/24(日) 23:25:07.32 ID:9y5OBlTW0

キョン「そうだ。陸奥。今からだけどさ、俺ん家で飯でも食べないか?」
陸奥「……」。
キョン「陸奥?どうした?」
陸奥「は、はい。どうかしました!?」
キョン「今からみんなで、俺ん家でご飯にしないか?」
陸奥の顔が、一瞬笑顔になった。かと思ったら次の瞬間にはその笑顔が曇っていた。
陸奥「あの。お誘い嬉しんですけど。今日は用事があるので、これで失礼します。」
それだけ言うと、陸奥は踵を返し、歩き出した。
キョン「あ、おい!また学校でな。」
陸奥「はい。また学校で…。」
陸奥はぺこりと一礼して、またすぐ歩き出す。
そしてすぐに角を曲がってしまい、見えなくなった。
キョン「どうしたんだ、あいつ?お前、なんか心当たりある?」
佐々木「…いや、分からない。」
キョン「そうか、ならいいんだ。お前はどうする?」
佐々木「今日は私も帰るよ。ごめんね、待っててくれたのに」
キョン「分かった、じゃあまたな。」
佐々木「うん。またね。」

 

353 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/24(日) 23:31:46.40 ID:9y5OBlTW0

図書館に行った翌週の水曜日。梅雨明けして、空は晴れ渡っている。
だが俺の心は晴れない。あの日以来陸奥が部活に来なくなってしまった。
学校は来ているみたいなんだが、部活に顔を出さない。
様子を見に行こうと、休み時間に陸奥の教室に顔出したりもしたが、いない。
クラスメイトによると、ふらっと出て行って授業ギリギリに帰ってくるらしい。
どうやら…俺は陸奥に避けられているみたいだ。
理由が一切分からない。考えられるのは、やはり図書館で俺が何かしたんだろう。
だけど、一向に心当たりがない。そして問いただそうにも、
避けられているのを、無理矢理聞き出すのも気が引ける。
かといって、この状況を静観できるほど、俺は肝が据わっていない
そういや、帰り際になんかボーッとしてたよな、あいつ。
ということは、やっぱり図書館でなんかあったんだろう。
俺の推理力では、これが限界だ。
今日は佐々木が家に来るはずだ。俺一人ではどうしても見当がつかない。
それに佐々木と陸奥は前々から仲が良かったということだ。
なにかいいアドバイスが聞けるかもしれない。

 

354 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/24(日) 23:35:11.39 ID:9y5OBlTW0

キョン「というわけなんだよ。」
佐々木「そうなんだ…」
千春が寝たあと、二人きりになった俺は今日までの事情を説明する。
佐々木は神妙な面持ちで俺の話を聞いていた。
キョン「なんでもいいんだ、あの日なんかなかったか?」
佐々木「……」
キョン「いや、何もないならいいんだ。悪かったな、変なこと聞いて。」
佐々木「…ごめん、キョン。」
キョン「何で謝るんだ?」
佐々木「あの日君に嘘をついた。多分知ってるよ、ゆうきちゃんが部活に来ない理由…。」
佐々木が嘘をついた理由は、分からない。
でも何か事情があったんだ。でなければこいつが嘘をつくはずがない。
佐々木「キョン。ゆうきちゃんのこと任せてくれないかな?」
キョン「あぁ、頼むよ。」
だから俺も余計な詮索はしない。それに佐々木が何とかすると言っているんだ。
ならば俺がすべきことは、それを信頼して待つことだ。

 

357 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/24(日) 23:44:20.40 ID:9y5OBlTW0

今日で部活に行かなくなってから4日目になる。
いつもなら部室にいる時間なのに、私は家にいる。それがとても寂しい。
先生にはとても申し訳ないと思う。休み時間になるたびに顔を見せてるのも聞いてる。
でも、先生に会いたくない。
先生を想うと胸が痛くて、涙が出そうになる。
小説を読んで知っていた。恋とは、嬉しくも、辛いものなんだということ。
それが、こんなにも辛いなんて知らなかった。
私は失恋したんだ。認めたくはない、そんなこと。
直接振られたわけではない。でも、あんなに親しくしているのを見たんだ。
先生は腐れ縁だと言っていた。だから、まだ特別な関係ではないのかもしれない。
なら、私が先生を振り向かせればいいだけのことだ。
馬鹿馬鹿しい。なんてくだらないことを考えてるんだろう。
私と佐々木さんのどちらが女性として魅力的かなんて、明らかだ。
キョンと佐々木さんが並んでいるのを見て、私はお似合いだと思った。
どうして、佐々木さんなんだろう。
もし他の人だったら、先生のこと、諦めたりなんかしたくない。
私は、佐々木さんのことが好きだ。
あんな幸せそうな佐々木さんの笑顔を見たのは初めてだった。
それを奪いたくない。私が諦めればそれで、済む話。
それで終わりなのに。涙が止まらない。頭でそう思っても、心が否定する。
ある〜晴れた日のこと〜♪魔法以上の愉快な〜♪
…メールだ。携帯のサブウィンドウには「佐々木さん」という文字が出ていた。

 

359 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/24(日) 23:49:10.08 ID:9y5OBlTW0

佐々木「呼び出したりして、ごめんね。」
陸奥「…いえ。」
駅前の喫茶店。窓に面した席に私たちは向き合って座っている。
佐々木「何か頼もうか。なにがいい?」
陸奥「そんな…結構です。」
佐々木「いいから、いいから。ね?」
そんな笑顔で言われたら、断るものも断れない。
陸奥「じゃあ、ホットのレモンティーを。」
佐々木「すいません。ホットのレモンティーと、ブレンドを一つ。」

 

362 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/24(日) 23:54:39.15 ID:9y5OBlTW0

佐々木「今日は、話があって来てもらったんだ。」
話なんて聞きたくない。何を言われるかなんて分かっている。
陸奥「ごめんなさい!私知らなかったんです。佐々木さんと先生があんなに仲が良かったなんて…。
それなのに私、一人で舞い上がっちゃって。」
もう諦めるって決めた。だからお願い。これ以上傷つけないで。
佐々木「違うんだゆうきちゃん。」
陸奥「じゃあ嫌いなんですか?先生のこと。」
佐々木「それは…。」
陸奥「私のことは気にしないでください。もう先生のことは諦めましたから。」
私は今自然な笑顔ができているだろうか。
佐々木「ゆうきちゃん。私ね、あの日あなたがキョンを紹介した時自分でも驚いたの。
    自分の感情に。私はあの時あなたに嫉妬してた。ううん、今でも心の奥じゃ
きっと妬いてるんだろうと思う。」
私に嫉妬している。私なんかよりずっときれいな佐々木さんが。そんなことって
佐々木「だってゆうきちゃん可愛いから。私が見せつけるみたいにキョンと
仲良くしてたのも、そのせい。嫌なやつだよね、私。」

 

364 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/25(月) 00:00:18.49 ID:RAZTRe0A0

佐々木「でもね、それで自覚したんだ。私はキョンのことが好きなんだって。
恥ずかしながら、渡したくないと思った。自分にこんな
女の部分が残っていたなんて本当に驚いたよ…。」

佐々木「私はゆうきちゃんのことも好き。だからそういう風に諦めて欲しくない。
それに諦めることもない。私とキョンは特別な関係じゃないんだから。」
それでも。そんなこと言われても。
陸奥「私が佐々木さんに勝てるわけない…。佐々木さんはいつも綺麗で、
優しくて、賢くて、私の憧れの人なんです。そんな人相手に…私が。」
佐々木「…ありがとう。私もゆうきちゃんに憧れているよ。」
陸奥「え…?」
佐々木「君がキョンのことを話してくれる時、いつも嬉しそうで、
可愛らしい笑顔だった。見ているこっちが幸せになる位に。
自分の気持ちを素直に表現できるゆうきちゃんがとても羨ましい。
私には自分の気持ちに向き合う勇気がないから。
おかげで、自覚するだけに10年以上かかったよ。」
私はただ憧れているだけで、全然佐々木さんのことを分かってなかった。
佐々木さんも私と同じように苦しんでいる。恋をしているから。

 

368 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/25(月) 00:05:22.66 ID:RAZTRe0A0

佐々木「キョンは誰にでも優しいから、特に女性に。だから気が気じゃないんだ。
ついコロッと、誰かに恋してもおかしくないよ。周りに魅力的な女性がいるみたいだからね。
例えば、少し内気で自分に自信が持てないけど、とても一途で可愛らしい文芸少女とかね。」
何も私と変わらない。恋に悩む女の子なんだ。それなら遠慮することなんてない。
陸奥「本当、そうですよね。綺麗で、賢くて、優しいのに、鈍感で誰よりも先生のことが好きなのに、気付かない人とかですね。
だって私は先生が好きだから。佐々木さんに負けない位に
陸奥「私…諦めません、先生のこと。正々堂々頑張って、きっと先生のこと振り向かせてみせます。」
佐々木「うん。頑張るよ、私も。やっと自分の気持ちに気づけたから。」
陸奥「じゃあ私たち今日からライバルです。負けませんから!絶対に!」
佐々木「私も譲る気なんて無いよ。」
互いに自然と笑いが出る。
佐々木「とりあえず、頂こうか。もう冷めてるけど。」
気づいたら私の目の前には、レモンティーが置かれていた。
もうすっかり冷めてホットじゃなくなってたけど、
陸奥「はい、いただきます。」
とても暖かくて、最高においしい一杯だった。

 

370 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/25(月) 00:10:31.15 ID:RAZTRe0A0

佐々木さんと別れ家に帰ったあと、私は一人部屋で考えていた。
負けないとは言ったものの、今先生の1番近くにいるのはおそらく佐々木さんだ。
なにかしらアクションにでなければ。実際にはどうすればいい。
…前々から一つだけ計画していたことがある。もしもの時の最終兵器として。
文芸部の部室になぜかある、数々の衣装。
奇抜なものや、派手なものが多くてとても着れたものじゃないけど。
その中に一つだけ、私でも着られそうなものがあった。
胸のサイズが大きくて、落ち込みはしたものの、自分で縫いなおして
私にピッタリのサイズにあしらえた。
その衣装は今も部室の棚の中で眠り続けている…。
ついに封印を解くときがきたのかもしれない。
私は静かに覚悟を決め、明日どうするかを考えながら寝ることにした。

 

371 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/25(月) 00:16:21.49 ID:RAZTRe0A0

金曜の放課後、昨日の夜に佐々木から「明日はゆうきちゃん部活来ると思うよ」
と言われたので俺達は意気揚揚と部室に向かっていた。そう、俺たちだ。
霧島「さぁ、早く部室まで案内しなさい!」
キョン「分かったから。そんな急ぐなよ。」
今日の昼休みにいきなり職員室乗り込んできた霧島は、
霧島「キョン、あんた文芸部の顧問してるらしいわね?」
俺の前にずいっと顔を乗り出して、そんなことを聞いてきた。
キョン「あ、あぁ。そうだけど。」
霧島「じゃあ私入部するわ!文芸部に!」
キョン「はぁ!?」
用意周到なことに、入部届けもしっかり用意していた。
理由は如何とはいえ、入部希望者をまさか断るわけにはいかない。
というわけで、俺は新入部員を引き連れ部室へと、歩みを進める。
キョン「ほら、ここが文芸部だ。」
霧島「へぇ…。」

 

372 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/25(月) 00:21:16.25 ID:RAZTRe0A0

キョン「陸奥、いるか?入るぞ。」
確認をとり、部室のドアを開けた俺の目の前には、
陸奥「お、お帰りなさいませ!ご主人様!」
小柄な、とても可愛いメイドさんがいた。
高校時代にこの部屋に居たメイドにも劣らない位に愛らしかった。
俺はそんなメイドに見惚れていた。
陸奥「え…?あの…?先生後ろの人は?(///)」
霧島「キョン?どういうことなの…?」
二人の文芸部員が俺を一気に現実に引き戻す。
霧島「あんた!生徒になんてことさせてんのよ!」
キョン「ちょっと待て!誤解だ!霧島!陸奥お前からも説明してくれ!」
陸奥がいない。部室のドアが閉まっている。
霧島「なにがどう誤解だっていうのよ!?この変態教師!!」
キョン「誤解なんだ〜〜〜〜〜〜〜!!!!」
陸奥「どうして先生だけじゃないんですか〜〜!?(///)」
俺の魂の叫びも虚しく響くだけだった。
この後霧島の誤解を解くのに、俺と陸奥は部活のほとんど時間を費やすことになる。
2章〜fin~