涼宮ハルヒの喪失〜10years after〜 4章〜再度の邂逅〜

 

672 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/27(水) 10:19:45.82 ID:B1PtLdi50

4章〜再度の邂逅〜
夏休みを目前に控え、期末の採点やら成績表作りで忙しい職員室。
俺もご他聞に漏れず、忙しい日々を送っていた。
そんな多忙な俺に、まためんどくさい懸案事項が増えた。
それは宛先不明のメールに端を発する。
「明日の午後6時、いつもの喫茶店でお待ちしています。」
いつもの俺なら、宛先不明のメールなんざ即座に消去しているが、
こんな意味深長なメールを送ってくるのは俺の知る限り一人しかいない。
ほとんどの先生が残っている職員室を俺は1人後にする。
外に出ると、夏らしい熱気が俺を襲う。汗が吹き出てくる。
こんな中歩いて駅まで行かねばならないのか。
憎たらしいニヤケ顔を思い浮かべながら、俺は歩き出した。

 

674 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/27(水) 10:25:56.12 ID:B1PtLdi50

店員「いらっしゃいませ。お一人様ですか?」
キョン「いえ、待ち合わせです。」
店内を見回す。SOS団がいつも陣取っていた窓際の席にそいつはいた。
小泉「お久しぶりです。」
相変わらずのニヤケ顔だった。
キョン「5年ぶりだな。」
ハルヒが死んだあの日から、俺以外のSOS団の面子はこの町から姿を消した。
もちろん連絡も一切つかなかった。
小泉「もうそんなになりますか。」
昔を懐かしむように小泉が言う。その笑顔はどこか淋しかった。
キョン「お前…痩せたな。」
小泉が困ったように笑う。だが笑うと、一層頬がこけて痛々しかった。

 

678 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/27(水) 10:38:49.69 ID:B1PtLdi50

会った瞬間ぶん殴ってやろうかとも考えていた。
5年間、何の連絡も寄越さずに今更何のようだと。
だけど今、小泉の顔を見て分かった。
やむを得ずに俺たちの前から去ったこと。
この5年間、俺たちのことを気にかけてくれていたこと。
小泉「僕は、あなたに謝罪しなくてはいけません。機関の命令であったとはいえ・・・」
小泉が頭を下げる。声も震えている。
キョン「事情があったんだろ?ならいいよ。」
もう謝るとかはどうでもいい。
キョン「また、こうしてお前と会う日が来るなんてな。」
少し皮肉めいた言い方だが、許せ。俺とお前の会話なんていつもこんな感じだったろ?

 

679 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/27(水) 10:51:11.37 ID:B1PtLdi50

小泉「ありがとうございます…」
そういう俺の考えを汲んだか、小泉も余計なこと言わなかった。
謝られても正直困るしな。
キョン「それは一旦置いておくとして、何のようだ?」
旧友に会いたくなったとか、一般的な理由で呼び出される訳が無い。
こいつが今更俺を呼ぶ理由がそんな悠長であるはずがない。
小泉「先週の日曜日。あの日以来消えた能力が戻ってきました。僕だけでなく、機関にいた人間全員です。
   それにある人物から情報が来まして、大規模な時空振動が確認されたそうです。」
時空振動。普通の人々なら、まず聞き慣れない単語だが、俺には懐かしい言葉だ。

 

680 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/27(水) 11:02:58.49 ID:B1PtLdi50

小泉「時空振動が確認された日時、5年前の8月12日だそうです。」
キョン「ちょっと待てよ。それって・・・」
5年前の8月12日。それは忘れもしない、俺が全てを亡くし、全てを得た日。
小泉「はい。涼宮さんの命日です。」
そんなことがあるのかよ。ハルヒはもういないのに。
小泉「混乱されるのも分かりますが、事実です。」
キョン「あの力の持ち主が、まだいるのか?」
小泉「そう考えるのが、賢明です。」
申し訳なさそうに小泉が言う。

 

682 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/27(水) 11:17:38.66 ID:B1PtLdi50

考えがまとまらない。それほどに衝撃だった。
小泉「前回、機関の人間が涼宮さんにより力を与えられたとき、
   僕らはこの力が、涼宮ハルヒから与えられたものだと知っていました。
   ですが今回は違うんです。誰から、何の目的で力を与えられたか、僕らは知らないんです。」
キョン「誰があの力をもっているか、分からないのか?」
小泉「残念ながら。ですが予想される人物はいます。」
その時、嫌な予感がした。こいつが今から何を言うのか、直感で分かったからだ。
小泉「力の持ち主は涼宮さんだけではありません。もう1人いました。」
ハルヒがいない以上、真っ先に疑われるのは仕方がないことかもしれない。
キョン「佐々木のことか。」
小泉「はい。」
だが、俺はあいつを信じたい。どんな理由があっても
キョン「佐々木にもう力はない。」
小泉「可能性は0ではありません。」

 

684 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/27(水) 11:29:44.84 ID:B1PtLdi50

小泉「今から、話すのはあくまで可能性です。涼宮さんはもうこの世界にはいません。
   ですが血を分けた子がいます。もし、子どもに力が受け継がれていたとしても
   おかしいことではありません。」
可能性ならば、どうとでも言える。今窓の外を歩いているお姉さんも可能性は0ではない。
そう思う一方で、俺は千春や佐々木が持ち主であることを否定できなかった。
小泉「もう1人います。あの力を持ち得る人が。」
キョン「あの力に関係している人間なんて、もういないだろう?」
小泉「います。偶然とは言い難いほどに涼宮さんと類似点を持つ人が。」

 

685 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/27(水) 11:39:03.74 ID:B1PtLdi50

確かにいる。俺のクラスにな。だが直接的な関係はあいつにはない。
キョン「顔が似ていて、名前が偶然同じなだけだ。」
小泉「5年前の8月12日。その日は彼女にとっても特別な日です。」
霧島の話を思い出す。あいつにとっての特別な日なんて「あの事」しかないだろう。
やはり何か関係があるのか?「ハルヒ」と「ハルヒ」には。
小泉「霧島ハルヒの母、その命日です。」

 

687 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/27(水) 11:50:49.74 ID:B1PtLdi50

それだけ言い終えると、小泉は口をつぐんだ。
いきなりの急展開にすこし驚きはしたが、俺は自分でも意外なほど冷静だった。
やはり慣れというものは、恐ろしい。
小泉「今からお時間ありますか?」
キョン「大丈夫だ。」
小泉「一緒に来てほしいところがあります。」
窓の外を小泉が指差す。そこには黒塗りのハイアーがいつのまにか止まっていた。
そして、運転席では見覚えのある初老の男性がこちらに会釈していた。

 

690 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/27(水) 12:03:27.12 ID:B1PtLdi50

小泉「ここです。」
そこは、いつかも来た繁華街の交差点だった。
あの時と変わりなく沢山の人が歩き、雑踏を作り出している。
小泉「目をつぶってもらえますか?」
やはり、あれか。
キョン「分かってるよ。」
手を握られる。そして1歩、2歩と歩き出す。一瞬のことだった。
小泉「目をあけて下さい。」
目を開けると、無人の街があった。音も何もない。あるのは俺と小泉の二人だけだ。
空もこの空間を構成する何かに覆われ、暗い。閉鎖空間だ。
小泉「こちらに来てください。」
小泉の後に続く。そして、いつかのようにビルの階段を上り、屋上に出る。
そこからは街全体を望むことができる。そして青白い塊を俺は見つけた。
キョン「神人…」

 

692 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/27(水) 12:17:07.94 ID:B1PtLdi50

神人は高層ビルの合間に、うずくまるように座っていた。
時間がたっても、何をするでもなくただそこに居るだけだ。
キョン「どうして何もしないんだ?」
俺が見た神人は閉鎖空間を、狭しと暴れまわっていた。
小泉「先週から、何度か閉鎖空間が確認されましたがどの場合においても
   神人はあのように、何もせず座ったままです。」
すると、神人の周りに赤い球体が現れる。1つ、2つとその数を増していく。
前のとき同様、あまりのスピードに数は分からない。
赤い球は神人を何度も貫き、攻撃する。それでも神人は何もしない。
小泉「あのように、我々の攻撃に対しても一切反応を示しません。
   こちらとしては楽でいいのですが。」
そういう小泉の身体が赤く光り、みるみる間に赤い球体になる。
小泉「必要はないと思いますが、僕も加勢してきます。仕事ですので。」
球体が浮かび、もの凄いスピードで空を飛んでいく。

 

694 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/27(水) 12:28:18.88 ID:B1PtLdi50

球体が何度も、何度も神人の身体を襲う。その光景を見ていると、俺はなぜか悲しくなった。
一つの球体が神人の胴体をくるくると何周も回る。そこから神人は裂けていき、上半身が地に落ちる。
残骸は光と共に消えていった。神人が消えたかと思うと、今度は空に異変が起きる。
黒かった空にヒビがはいり、光が漏れ出してくる。何度みても綺麗な光景だった。
それから、また一瞬のこと。俺と小泉は元いた交差点に戻ってきていた。
人の声や、車の走る音がする。戻ってきたことを実感する。
古泉「これで信じてもらえましたか?」
キョン「あぁ。」

 

697 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/27(水) 12:38:16.29 ID:B1PtLdi50

喫茶店まででいいと言う俺の声を無視して、運転手は俺の家の前に車を止める。
古泉「お時間取らせて申し訳ありません。」
キョン「また会えるか?」
古泉「今は返事ができません。僕個人としては大きくなったお子さんを人目見たいですね」
その笑顔に、さっきみたいな痛々しい感じは無い。
キョン「いつでも来い。歓迎してやる。」
古泉「えぇ。・・・ではまた。」
キョン「あぁ。またな。」
窓が閉まり、車が走り出す。あいつとまたこんな風に話せてよかった。
色々衝撃的な事実が発覚したが、俺が今思うのは再会できた喜びだ。
紆余曲折はあったとはいえ、怒涛の高校生活を乗り越えた仲間だからな。

 

698 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/27(水) 12:48:30.26 ID:B1PtLdi50

キョン「ただいま。」
千春「おかえり〜〜〜!」
キョン「1人だけ。お姉ちゃんは?」
千春「ご飯一緒に食べたら、用事があるから帰るって。」
佐々木にも会って話しておきたかったが仕方ない。
キョン「お留守番ご苦労様。」
千春「えへへ〜。」
この子が世界を崩壊させる力の持ち主かもしれない。それがどうしたっていうんだ。
俺とハルヒの子供ということには何ら変わりは無い。いや、むしろまさしくハルヒの子供だ。
爆弾を抱えているなら、爆発させなければいい。千春が世界の崩壊を望むなんて、まず有り得ない。
千春がダイナマイトなら、ハルヒなんてニトログリセリンだ。
そのハルヒを爆発させなかった実績を持つ俺には簡単なことだ。

 

700 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/27(水) 12:55:02.31 ID:B1PtLdi50

キョン「千春、お風呂入ろうか?」
千春「は〜い。アヒル入れていい?」
キョン「3つまでね」
千春「え〜・・・」
キョン「え〜じゃない」
千春については大丈夫だ。もし、なにかあったとしても俺がすぐに対処することができる。
残る二人は・・・。心配なのはやはり霧島のほうだ。高校生という不安定な時期だし、
なにより家の事情がある。物騒なことを考えてもおかしくは無い。
とりあえず、二人と話をしなきゃな。そうしないと始まらない。

 

703 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/27(水) 13:04:32.80 ID:B1PtLdi50

霧島「キョン。」
吉川「おぉ〜。どうしたの?」
キョン「お昼一緒していいか?」
翌日の昼休み。屋上に霧島はいた。
流石に暑いらしく、二人は日影でご飯を食べていた。
俺も影に入り、そこに座る。
吉川「どうする〜?ハルヒ〜?」
ニヤニヤと下卑た笑いを浮かべながら、霧島を見る。
こいつあの件以来勘違いしてるよな。別に勘違いではないけれども。
霧島「べ、別にいいんじゃない?」
妙なイントネーションで霧島が答える。
霧島、それじゃあ吉川に何かあった教えるようなものじゃないか。

 

704 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/27(水) 13:11:56.67 ID:B1PtLdi50

弁当箱を開けると、二人が中身を覗き込んでくる。
キョン「なんだ?」
吉川「いや〜ちゃんとしてるなって。茶色いおかずばっかりかと思ってた。」
キョン「5年も家事やってれば自然とこうなるんだよ。」
霧島「その卵焼きとか、凄いおいしそう。」
卵焼きは、俺の得意料理でもあり、千春も気に入っている。
褒められた俺は気を良くし、迂闊な行動に出た。
キョン「一ついるか?」
箸で持ち上げ、霧島の前に差し出す。
吉川「キョンってば〜。見せ付けてくれるね〜。」
何を吉川は騒いでいるんだ?そしてどうして霧島の顔が赤くなってるんだ?

 

706 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/27(水) 13:23:25.94 ID:B1PtLdi50

吉川「あ〜んでしょ?あ〜んなんでしょ?」
何でそうなるんだよ・・・。俺はただ卵焼きをあげようしただけだ。
キョン「どうしてお前は話をややこしい方に持って行きたがるんだ?」
霧島「そんなことできるわけないじゃない!」
霧島が吉川に反論し、二人で騒ぎ始める。行き場を無くした卵焼きはどうしよう?
もう食べようかなと思い、箸を口に持っていく。
霧島「ちょっと、キョン!それ、あたしにくれるんでしょ?」
キョン「え、あぁ、はい。」
霧島「じゃあ、はい。ちょうだい。」
霧島が手を差し出すので、その上に卵焼きを乗せる。
それを、あっという間に霧島は口に入れる。
霧島「・・・おいしい。」
キョン「お世辞とかいいから正直な感想聞かせてくれ。」
霧島「お世辞じゃない。本当においしい。」
主夫冥利に尽きる一言だ。
吉川「これはこれで・・・中々。」
「吉川」「夏帆」
二人同時に吉川を睨む。

 

708 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/27(水) 13:34:45.96 ID:B1PtLdi50

吉川「でさ、なんでいきなり屋上に来たわけ?」
キョン「なんとなくだよ。」
霧島の様子を見にきたとは言えない。
俺が抱える事情を洗いざらい話せば、俺は頭がおかしい人認定される。
霧島「そうなんだ。」
吉川「『お前と一緒にいたかったんだ』とか言って欲しかった?」
霧島「うるさい!!」
吉川の冗談に一々反応する。からかいがいのあるやつだ。
今のこの状態を見るに、霧島も大分安定しているな。
油断はできないが、現状を維持できれば特に問題なさそうだ。
現状維持が一番難しいのかもしれんが。
吉川「キョン。今日の放課後、相談あるけど時間いい?」
吉川がこちらを向く。今までの吉川からは想像も出来ないほどの真剣な表情だった。
だが声はいつもの調子と変わらない。俺は少し恐怖を感じた。
霧島「なにかあったの?夏帆」
吉川「いや、ちょっとね。心配してくれてるの?」
霧島にさっきの顔は見えていない。今の吉川は何も無かったように笑顔だ。
誰にも知られたくないということか。
キョン「わかった。放課後だな。」
吉川「うん。サンキュー。」

 

710 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/27(水) 13:41:04.32 ID:B1PtLdi50

HRのあと、教室に誰も居なくなるまで俺は待つ。
そして誰も居なくなった後、吉川が前のドアから教室に入ってきた。
吉川「先生。待っててくれたんだ。」
キョン「当然だろ。それで、相談ってなんだ?なんかあったのか?」
吉川「聞いたんでしょ。閉鎖空間のこと。」
その単語がこいつも口からでてくることは正直予想外だった。
キョン「・・・お前は何者だ。宇宙人か?それとも未来人か?」
超能力者とはもう再会した。となれば残るは、二つしかない。
吉川「動じないね。宇宙人だよ、私。ヒューマノイドインターフェースだっけ?」
長門が部屋で説明してくれたことを思い出す。細部は覚えていないが、聞き覚えのある言葉だ。
キョン「俺の記憶ではそうだ。」

 

713 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/27(水) 13:51:38.73 ID:B1PtLdi50

吉川「自己紹介は終わりにして、本題に入るわ。」
そのほうがこちらとしても有難い。あまりグダグダと話している時間もないしな。
吉川「私たちの上、情報統合思念体が一枚岩ではないことは前に聞いてるでしょ?」
キョン「聞いている。」
吉川「今、思念体は大きく二つの派閥に分かれているの。一つは霧島ハルヒこそが自律進化の可能性を秘めた存在だと唱えている。
   そしてもう一つは、涼宮ハルヒの子孫こそがその存在だと主張している。」
古泉の話と少し違うな。機関は佐々木もその存在と考えているらしいが。
キョン「佐々木は違うのか?」
吉川「中にはいるよ。彼女だという者も。まぁ少数派ね。大多数が彼女は潰えた可能性という見解で一致してるわ。」

 

714 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/27(水) 14:03:16.52 ID:B1PtLdi50

それを聞いて少し安心した。佐々木の可能性が消えた訳ではないが、そういう見解もあるということだ。
吉川「二つの派閥は、互いに干渉することなくそれぞれの対象を監視するという点で和解したの。 
   それで霧島ハルヒ、そして先生の監視を命じられたのが私。」
派閥は二つあるという。それならば千春を監視している宇宙人もいるはずだ。
キョン「もう1人は誰なんだ?」
吉川「教えてもいいけど〜・・・聞きたい?」
吉川が言いよどむ。今更隠すことなんてないだろう。
キョン「できればな。」
吉川「先生の近くにいるよ。かなり近くに。」
こうして吉川が正体を明かさなければ、俺はきっと気づかないままだったろう。
だから、そんな風に吉川に言われても見当もつかない。

 

715 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/27(水) 14:12:08.41 ID:B1PtLdi50

吉川「分からない?分かろうとしてないだけなんじゃない?」
キョン「俺を買いかぶりすぎだよ。全然分からない。」
吉川「じゃあヒントあげる。思念体は私たちを作るとき、一から作りだすんじゃなくて人類と接触経験のある個体をベースにしたの。
   人間らしい行動様式を学習するのって結構めんどくさいのよね。私のベースになった個体、名前は朝倉涼子。覚えてる?」
朝倉涼子。ちょうどこの教室で、10年前に俺はそいつに殺されかけたんだよ。
キョン「自分を殺そうとした人間を忘れるほど俺は寛大じゃない。」
吉川「もう1人のベースになった個体。名前は長門有希。当然私たちはベースになった個体に大きく影響を受けている
   ここまで言えば流石にわかるでしょ?」

 

717 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/27(水) 14:21:23.73 ID:B1PtLdi50

脳裏に1人の女生徒の顔が浮かぶ。俺の頭は一つの答えを出す。
キョン「陸奥ゆうきがそうだっていうのか。」
吉川「正解。私とむっつんは宇宙人。向こうはそんなこと知らないだろうけど。」
俺が知っている宇宙人たちは、みな自分が宇宙人だということを自覚していた。それを知らない?
キョン「どういうことだよ。」
吉川「互いに干渉しないっていうルール上の理由もあるけど。私の上は監視対象と積極的に接触することを望んだ。
   でもね、むっつんの方は自然な接触を望んだの。だから彼女は自分の任務も、自分が何なのかも知らない。」
吉川が自分の唇を噛む。その目は鋭く、まるで見えない何かを睨んでいるようだった。

 

718 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/27(水) 14:29:33.18 ID:B1PtLdi50

吉川「可愛そうだと思わない?彼女は知らないの。自分が道化ということも。
   考えること、思うこと全て長門有希のものなのに。それを自分だと勘違いしている。」
口調は淡々としているが、抑えきれない激情が伝わってくる。
吉川「だから私が終わらせるの。何も知らないのなら、何も知らないまま消してあげたい。」
それは、思念体への憤怒か、それとも似たような存在への憐憫か。
吉川「だからさ、キョン」
どちらかは分からないが、怜悧で底冷えするような負の感情であることは確かだ。
ちょうど今、吉川が手に持つナイフのように。
「「死んで。」」

 

719 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/27(水) 14:43:23.94 ID:B1PtLdi50

二つの声が重なったように聞こえた。
俺との間合いを詰めた吉川が俺の首元にナイフをかざす。
「「逃げないの?前みたいに」」
キョン「無駄なんだろう?」
生徒の話し声や、部活の練習する音が聞こえない。
原理は分からんが、どうせ前の時みたいに隔離されているんだろう。
「「男らしいね。好きだよ、そういうの。」」
今みたいな状況で言われても、ちっとも嬉しくないがな。
「「冗談よ。あなたを殺したら、私が長門さんに殺されちゃうもの。」」
キョン「今のお前は吉川なのか?」
「「私と朝倉涼子は情報を共有しているの。だから私は朝倉涼子でもあり、吉川夏帆でもある。」」
その時、急に静かだった音が戻る。いつのまにかナイフを隠した吉川が俺から離れる。
吉川「キョン、私は事態のいち早い終息を望んでいる。そのためなら今みたいな手段も辞さないよ。
   それが私がむっつんのためにできることだって思うから。」
捲れたスカートも戻しながら吉川が言う。声も普通に戻っていた。
吉川「殺されたくなかったら頑張ってね。私もこんなことしたくないの。」
不穏な言葉を残して教室から去る吉川。
キョン「おう。娘残して死ねないからな。」
その背中に俺は精一杯強がりを言うしかなかった。

 

721 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/27(水) 14:49:56.84 ID:B1PtLdi50

懸案事項がまた一つ増えた俺は、早く家に帰ろうと下駄箱へ急ぐ。
下駄箱を開くと、中からピンクの封筒が落ちてきた。
封筒をあけ、中身を読む。
「前に二人で座った公園のベンチで待っています。千春ちゃんのことは心配しないで下さい。」
と女の子らしい丸い文字で書かれていた。予想はしていたが、まさか今日とは。
時間が指定されていない以上急がなくては。ナンパなんてされていたら一大事だ。
うまく革靴はけずに、こけそうになりながらも、転がるように俺は坂道を駆け下りた。

 

723 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/27(水) 15:04:05.95 ID:B1PtLdi50

公園のベンチが見えてきた。そこにはOL風の衣装を着た女性がいて、子供を抱っこしていた。
俺の存在に気づいたらしく、ベンチから立ち上がり軽く礼をする。
みくる「お久しぶりです。キョンくん。」
そこにいたのは、朝比奈さん(大)だった。
キョン「久しぶりです。えと、その子供は。」
まさかは考えたくはないが、朝比奈さんの…。
みくる「千春ちゃんですよ。ほら。」
見てみると、千春だった。朝比奈さんのふくよかな胸の中で気持ちよさそうに寝ている。
みくる「千春ちゃんには、少し眠ってもらっています。身体に悪い影響はありませんので心配しないでください。」
未来の医学技術は進歩しているんだなと、俺がどうでもいいことを考えていると、
みくる「キョンくん。あなたには非常に申し訳ないことをしたと思います。ですがあのまま過去に留まっておくことはできませんでした。」
凛とした態度で朝比奈さんが謝る。覚悟ができているんだ。俺からどんなに罵られようと受け入れる覚悟が。

 

724 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/27(水) 15:12:52.27 ID:B1PtLdi50

キョン「事情があったんですよね。だからいいんです。」
みくる「キョンくん・・・ありがとうございます。」
二度目の感謝の言葉は、涙交じりだった。
キョン「とりあえず座りましょう。」
二人並んでベンチに座る。実に10年ぶりだ。
みくる「おおきくなりましたね。千春ちゃん」
キョン「もう5歳ですからね。来年には小学校ですよ。」
みくる「もうそんなになるんですね。」

 

729 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/27(水) 15:28:14.51 ID:B1PtLdi50

みくる「実は今回あまり時間が無いんです。ですから手短に話しちゃいます。」
ついさっきまでは少しシュンとしていたが、お仕事モードに入ったようでキビキビ話し出す。
キョン「時空振動のことについてですよね?」
みくる「はい。今回の件について我々は静観することを決めています。」
何もしないということか?じゃあ機関に情報を与えたのは未来人じゃないのか?
キョン「超能力者に情報を与えたのは?」
みくる「…上の人は事態が動くことを望んでいます。そして自らの手を汚さずに終焉だけ見届けようとしている。」
でも前のときは、積極的に動いていたのに、どうして今回は?
キョン「それでいいんですか?前の時は」
俺が言い終わるより前に朝比奈さんが話し出す。
みくる「じゃあ、キョンくんに聞きますけど今回、力の候補者にあがっている方の中に世界の崩壊を望むような人が居ますか?」
例の三人を思い出す。0ではないが限りなく低い確率だろう。
キョン「俺が見た限りでは、いませんね。」
みくる「ですよね。元々私たちは過去が崩壊することで、連続する時間軸上にある私たちの世界が崩壊するのを
    避けるために行動していたんです。だからどうでもいいと思っている人も大勢いるの。」
そりゃまぁなんとも無責任な話だ。自分に関係のないことに本気になれないのも無理はないか。

 

731 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/27(水) 15:46:32.59 ID:B1PtLdi50

みくる「だから今回キョンくんに接触するのも最初は反対されたんです。事の中心にいる人物に余計な情報を与えないほうがいいって。
    でも無理いってOKもらったんです。」
その優しさだけでも、嬉しいのに特上級の笑顔付きだ。感無量というものだ。
みくる「キョンくん。これからあなたには色々大変なことが起こります。でも迷わないで下さい。」
覚悟は出来ているつもりだが、こうも断言されると少し気が竦む。
キョン「はい。覚悟はしています。」
だから言葉にして、自分を奮い立たせる。そうでもしなければ、一気に気落ちしてしまいそうだ。
アラーム音が鳴る。俺の携帯かと思ったが違う。朝比奈さんの腕時計からだ。
みくる「どうやら時間みたいです。キョン君、最後に一つだけ。
    誰か世にながらへて見む書きとめし跡は消えせぬ形見なれども」
朝比奈さんが歌うように和歌を詠む。俺が国語教師になったことを知ってのことだろう。
この歌には返歌がある。その歌は俺もよく覚えている。
キョン「亡き人を忍ぶることもいつまでぞ今日の哀は明日のわが身を、ですか。」
朝比奈「はい。それを忘れないで下さい。」
抱っこしていた千春を俺に渡し、ベンチ裏の草むらに入っていく。
みくる「ではキョンくん、また。」
キョン「えぇ、また。」
そのまま草むらの奥へといってしまい、朝比奈さんはまたも俺の前から去っていった。

 

732 名前: VIPがお送りします 投稿日: 2009/05/27(水) 16:00:33.72 ID:B1PtLdi50

千春をおんぶしながら、家路を急ぐ。千春はぐっすり寝ている。深夜に目を覚まさないか少し心配だ。
急転直下。俺の周りが高校時代並みに騒がしくなっている。しかも俺の親しい人たちを中心にして。
考えるべきことが多すぎて何から考えていいか分からない。これが実は夢でしたなんてオチだったらどれだけいいか。
念のために頬をつねる。俺の神経は正常に作動していて、痛みを脳に伝えている。どうも夢ではないようだ。
頭が痛い。考えれば考えるほど思考の迷路にはまっていくようだ。もしくは底なし沼か。どっちでも変わりはない。
悩んでいても仕方ない。何を考えていても、事は起きるんだ。どうせならもっと楽しいことを考えよう。
そのとき思い出されたのは・・・